2022年10月の記事一覧
雨3(ジャンヌの話)
てのひらに力が入らない。指が動かない。先ほどから湿った布を絞り続けているが終わりがない。
ずぶ濡れの兵士たちが次々と戻る。体が冷えないように濡れたものは脱いでもらう、乾いた布で体を拭ってもらいたいが、足りず、体を拭って重く水を含んだ布を次の兵士が使う。やがて水が滴り落ちて役目を果たさなくなる。あちらに火が、あちらに飲み物が。ここには布が。布が。もう乾いた布はない。ジャンヌは搾り続けて力の入らな
風をかたどる(ユリアと彼女の愛するひと)
※このあいだアップした「ひとりではしる」ののちの話。
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庭を歩くだけなのに着膨れてしまって、そんなユリアを彼は笑っていたけれども、いざ歩き始めると彼は「寒いな」と言い出した。ユリアは襟巻きに顎を埋めて、ふふと笑う。秋の庭は色づいた木々が吹く風に葉を舞わせている。明日になれば葉はかなり落ちてしまっているのではないかとそんな気がした。
庭師は毎日落ち葉を掃いているが、これでは追いつ
ひとりではしる(戦後のユリアの話)
城の広い庭をユリアはひとり走り走り斜めにつききった。先程彼女は何かを見たのだ。白い影が南東の角にある大きな柳の木の下でふらりと揺れた。
ユリアはそれを母だと思った。そんなはずないと分かっていたのだが。
柳の元に至ってみるとそこにはやはり誰もいない。風が吹いて、ゆらゆらと枝葉が揺れている。ユリアは右を見て、左を見て、それから空を見た。息が上がって苦しい。枝の向こうに、太陽が輝いている。母はいな
菊三株、そして(ティルテュとブルーム)
可憐で素朴な菊の花がフリージの庭には咲いていた。元々は母が植えた三株だったと言われているが、随分と増えてこんもりと茂っていた記憶がある。皆はその花を西の菊と呼んでいた。本当はなんという花なのかティルテュは知らない。西の菊だというのだから、アグストリアに咲く花かもしれないと思っていた。
彼女は久しぶりにその花を見た。兄が持ってきたからだ。兄はおもむろに包みを取り出して、その中から一株、萎れかけた菊が