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雨ときどき、ノコギリクワガタ。

ある6月のいちにち。例年より遅めの梅雨入り宣言のあと、初めて大雨の日だった。早朝から緩急をつけながら降り続いている。「雨の日」への心持ちは、年齢や気分で左右されてきたように思う。

まだ自分が小学生だったころは、雨の日にも外でランニングしていたものだ。雨が汗を流し、汗が雨になる。全身で水分補給しているような、そんな気分だった。雨が降ったら水面に現れるアメンボのように。私の足をいつもよりスイスイと前に進ませるのであった。

だけど、無邪気さを脱皮し、大人になっていく過程のどこかで、私たちは雨を楽しむ余裕をどこかに置いてきてしまう。雨が降ると通学や通勤がめんどくさい。雨でせっかく楽しみにしていた旅行やイベントがなくなってしまう。楽しめない。荷物が濡れてしまう。体が濡れてしまう。そういうことが気になってしまう。心配や不安はネガティブな気持ちに直結しやすい。

ただ、大人になって精神が成熟してきたのか、散歩するだけの行為に喜びや楽しみ、面白さを感じられるようになってきた今日この頃。雨が降っているというのは癒しのBGM が流れてるような、そんな気分にもなってきた。

午前の仕事を終え、お昼ご飯を買いにコンビニに行った。いつも通る道に生えている雑草たちを、大粒の雨が規則的に葉をたたいていく。天然の琴の小さく短く、可愛らしい音があたりに響いている。これは小降りの雨、強風の日には味わえない光景である。見慣れた景色にジャメヴを感じる。日常に新しい発見ができるのは、世界に対して敏感になった証なのだろうか。

雨は全然やみそうにない。どんよりとした雲が彼方に見える山々の奥まで広がっている。

コンビニから帰ってきて、アパートの階段を登っていると、一匹の生き物が目に留まった。最初はゴキブリか何かだと思って、その場をすぐに立ち去ろうとしたが、よく見てみると、頭の方から二双の立派な黒針が突き出しているのが見えた。

「ノコギリクワガタ」がひっくり返っていた。

蜘蛛の巣の糸が体中に絡み合っていて、さらにいろんなゴミも一緒にへばりついていて、身動きが取れない状態になっていた。私は傘の先端をひょいっとクワガタの足に近づけ、体を起こすのを手伝った。そうしてクワガタの首の部分をつまんで持ち上げ、糸やゴミを一本、一本、毛づくろいをするように取り除いてあげた。

クワガタはあまり元気がなかったため、この大雨の中で逃がしてあげても、雨風で流されたり、野鳥に食べられてしまわないか心配だった。変な良心が働いて、一度家の中に避難させてあげることにした。雨が止んだら、近所の林に逃がしてあげよう。

私は東京の都心から少し郊外の自然が多い場所に引っ越してきたばかりだった。夏になったらカブトムシやクワガタに出会えるかもと思っていたが、こんなに早くその機会が訪れるとは思わなかった。少しの驚きと、少年のような好奇心と興奮を覚えていた。雨がアパートの屋根をコツコツと鳴らす音が響く。

「さて、どうしたものか。」

自宅に帰ってきたものの、クワガタを入れておける虫かごなんて持っていない。ビニール袋に入れたとしても、釣り針のように反りかえった鋭利な足先や名の通りのギザギザなハサミによってすぐに破れてしまいそうだ。何か良い容器がないか家の中を物色した。

結果は無難だが、取り急ぎ空になって潰していた2Lサイズのペットボトルを引っ張り出し、ペコペコと形を整え机の上に設置した。ハサミでところどころに穴を開け通気性を確保する。クワガタを中に入れてみたが、慣れない景色や素材の床では身動きを取る気配もほとんどない。たまに動いても、ペットボトルをひっかく「カツカツッ」という音がなんともぎこちなさそうだ。

小学生ぶりにクワガタの餌や飼育方法について調べ始めた。こんな事態は想定していなかったので、当然ながら昆虫ゼリーも持っていないし、餌になる食材もあったかどうか怪しい。

何か餌としてあげられるものがないか、冷蔵庫を開けてみると、先日のトマトシチューのために買ったセロリが少し残っていた。キュウリやナスなどを食べるらしいので、セロリもいけるかなと思って、皮をむいて細切りにした。果物も食べるということで、たまたま持っていたドライのあんずをみじん切りにしてみた。これらの食材をペットボトルに入れてみたけど、興味を示さない。

そこで、一旦ペットボトル内の環境を改善しようと思った。外に出て、少しでも足の引っ掛かりとなればと思い、木の葉や雑草を適当につまんできて加えた。

午後は仕事のMTGや事務作業が何件か入っていた。タスク内容はいたって通常。だけど、PCのすぐそばにはノコギリクワガタが居るという異常。10cmに満たないであろうその小さな筐体で、人間をアテンションして離さない。

MTGが一段落し、夕方前のひと休み。小腹が空いたので近所にある和菓子屋さんでお団子を食べてきた。セロリとあんずはだめだったが、でんぷんの塊である、団子の残り粕は食べるかもと思い、食べ終わったあとの串をペットボトルの口の部分からそっとクワガタの口元へ置いてみた。

暫く放置したあとにチラッと目をやると、ペロペロと串を舐めていた。おそらくお口にあったのであろう。クワガタも美味しく食べていたと、今度行ったときに和菓子屋さんにも教えてあげようと思う。

定時まで作業をして、今日の仕事を終えた。外は雨が止むどころか、より一層強くなっていた。陽が沈む前には逃がしにいきたい私を逃がしてくれない。

最後の別れを偲びながら、もうしばらく雨宿り。狭い場所に閉じ込めてしまっていたから、少しの間机の上に開放してあげて、彼の行動を見守った。パソコンの縁に足をかける。ちょうどパソコンの筐体が黒色で、クワガタのマットなボディとすごくいい組み合わせだった。何かのクリエイティブで使えそうだった。

こうして戯れていると、別れてしまうのが悲しい気持ちになってきた。まぁ無理に今日逃がす必要もないし、なんなら虫かごを買ってきて飼うこともできた。だけど、狭い空間で生きるのは辛いだろうと、彼に感情移入してしまって、「さあ、逃がしにいくぞ!」とトリガーになった。彼を袋にいれて、家の外にとび出した。

少し雨が弱まった隙を狙ったつもりだったけど、なんならさらに強くなった気がする。傘をさしているけど、横殴りの雨と地面からの跳ね返りでほぼ全身を濡らしながら、近くの林のほうへと歩を進めた。

目的地につき、袋からクワガタを取り出す。ちょうど近くに紫陽花が咲いてたから、最後に記念撮影をした。紫陽花とクワガタの組み合わせも珍しかろう。室内では気づかなかったが、自然光に照らされて、えんじがかっている装甲がとても美しかった。

さて、お見送りの時間だ。私の目の高さに伸びている、桜の木の枝葉にクワガタを乗せる。雨で枝が揺れ、足場が不安定ななか、一歩一歩前進して、木の太い幹の方角を目指していく。小さく、力強い声で、「頑張れ、頑張れ」とエールを送る。

おそよ10分くらい、姿がみえなくなるまで行く末を見届けた。気づけば足元は雨水でできた路肩の水流にサンダルごと浸水していた。ひんやりとして気持いい。あえて、足をジャブジャブしながら、今日の唐突な出会いの思い出を反芻しながら、帰途についた。今年の夏はこれからどんな景色が待っているのか、今から楽しみだ。

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