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場面緘黙症における強迫性障害について

Instagramの『自己暗示』という投稿に関連した事を書きます。

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強迫性障害

という病気をご存知でしょうか。

強迫性障害

きわめて強い不安感や不快感(強迫観念)をもち、それを打ち消すための行為(強迫行為)を繰り返す。

強迫症の症状を強迫症状といいます。強迫症状は、「強迫観念」と「強迫行為」があり、このふたつが存在して初めて強迫症と診断されます。

たとえば「手を一日に何十回・何百回も洗う」「会社に行く途中に何度も自宅に戻って施錠の確認をする」など。

精神科病棟勤務時、強迫性障害にて苦しむ方と関わらせていただいた事があります。


手洗い強迫にて、一見白い手袋をしているかの様に見えてしまう程,手の皮が剥けてしまっている方。

持っている全衣類を小さい順に全て並べる×10回しなければ、外出できない方。

etc・・・

本当に苦しんでおられました。

患者様は【不安】と常に戦っていました。不安と向き合う準備をするために強迫行為と戦っていたのだと思います。

「手洗いなんて辞めたいよ。辞めたいけど辞められないの。」

そう教えて下さいました。

強迫行為は不安を打ち消すための手段なのです。
そのため、強迫行為を止めるためには【何が不安なのか】気付く作業が重要です。

不安に気付き、頭へと思い浮かべ、言葉にする。

漠然とした不安と向き合う作業は勇気もエネルギーも必要です。

そのため不安な事を語る前の患者様の顔は常に不安気で。

そこに信頼関係が無ければ、【話をしてみよう】とすら思えないのです。


勇気を振り絞って言葉にする事がどれほどしんどいか。

勇気を振り絞っても、無下に扱われることだってあります。


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強迫性障害に苦しまれている方の比では無いのですが、私には小学生低学年時より強迫症状がありました。(詳しくはInstagramに書いています)


場面緘黙症は不安障害のひとつです。その二次症状として、強迫症状が現れる事もあります。


私はその症状について、誰かに相談した事はありません。

日常生活に支障が出る程の症状ではなかったからです。そしてそれが病気の症状であるなんて、夢にも思わなかったからです。

しかしその症状のお陰で私は自分の心を保てていました。

当時の苦しみから自分を守るには、緘黙と強迫症状は私には必要だったのです。


もしも私の事を表面の症状からしか判断出来ない大人や同級生に

「黙ってないで喋って。そんな行為をしないで。」

と言われていたら、私はパニックになっていたと思います。

出来るならしているし、そんな事別にしたくてしてる訳じゃないのですから。

自分を否定された気持ちになり、深く傷ついて更に殻に閉じこもっていただろうし、

症状はもっと重くなっていたと考えます。


今回、過去を振り返る作業をした事で『そういえば“あれ”は一種の強迫症状だったんだなぁ。』と気付く事ができました。

私にとっては生活の一部になっていたし、不自然な事ではなかった。

当時の自分は何を望んでいたのか考えて、以下に書いてみます。

クラスメイトの場合は

・色眼鏡で見ずに、普通に接して欲しかった

・気軽に話しかけて欲しかった

の二点かな、と思います。

支援者、先生、家族には

・まずは信頼関係を築いて欲しい

・受容的に話を引き出して欲しい

・緘黙と強迫症状の背景には【不安】がある事を理解し、「何か不安な事はある?」「学校でしんどいなって思う瞬間はある?」と聞いて欲しい

等ですかね。

緘黙や強迫症状は【したくてしている】訳では無いので、行動の意味を聞かれると困ってしまいます。表面的な症状にだけ注目しても何の解決にもなりません。


本人の心の声を実際に声に出してもらう事が重要だと考えます。

声に出すと、『自分ってこんな事思ってたんだ。』『自分ってこういう事で悩んでたんだ。』と気付くきっかけになります。

場面緘黙の子は思考が深い子が多いですが、自分のしんどさに気付くことや、しんどさを「しんどい」と言える子が少ないと思います。

不安と向き合うには勇気、エネルギーが必要です。向き合う事は本人の課題であるため、【一緒に頑張る】必要はないです。
場面緘黙症の子は回避行動をとる癖がついているので、何でも一緒にし過ぎてしまうのは良くないです。

不安に向き合う【きっかけ】【サポート】をしてもらえるとよいのかな、と思います。


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冒頭にも書いた様に、場面緘黙症の二次障害として強迫症状が生じる可能性もあります。(私の様に)

実際に精神科病院においても、強迫性障害を持つ患者様等は元々主となる病気があり、それの二次症状として強迫症状が現れている方が多かったです。

完全にこれは私の主観ですが

成人になればなる程、強迫症状の程度は重度でした。そして治すことは困難でした。

それのみでしかコーピングが図れないといった具合であり、手放すどころか生活の一部となっている印象でした。

実際に臨床の場で見た経験から言うと、幼少期にて未だ症状が固定化していないうちに、早期に介入する事が重要となってくると考えます。

早ければ早いほど良いです。


気になる症状が見られれば、問い詰めるのではなく『不安からきている』事を理解し、

悩んでいる事や困っている事をまずは聞いてみてあげて下さい。

勇気を出して話してくれるまで、優しく寄り添って下さい。


幼少期の私は、少なくともそれを望んでいました。

ありがとうございます!