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<短編小説>ブルースター

沙百合さゆりは花畑の中で目を覚ました。

花畑の中には色とりどりの花が咲いていたが、小さな青い花が目に留まった。小さい花一つ一つに花弁が5枚ずつ、星のような形をしている。名前はわからないけど、これまで14年間生きてきた中で、どこかで目にしたことはある。そんな印象の花だった。

その青い花を見ながら沙百合は思い出した。そうそう、この花を踏みそうになっちゃったんだ、と。

家を飛び出して無我夢中で走っていたら、道端にあの青い花が咲いていて、踏んでしまいそうになった。何とか体ごと右に傾けることで花を潰さずに済んだが、足がもつれて沙百合の体はコンクリートの道路に思いっきり叩きつけられた。全身に衝撃が走ったと同時に、意識が薄れていくのを感じた。


「お~い、大丈夫か?」

沙百合ははっと我に返った。仰向けで倒れている沙百合の視界には自分と同年代と思われる少年の顔が映っていた。紺のブレザーの学生服を着ていた。

「大丈夫です。ありがとう」

ゆっくりと体を起こし、沙百合は立ち上がった。立ち上がっても少年は身長155センチの自分より頭一つ大きかったので、首を上げて再び彼の顔を見ると、キリッとした目線を向けられた。そこで沙百合は目を丸くして、

「パパの若い頃にそっくり!」

と思わず声に出してしまった。

沙百合は以前、父に高校のアルバムを見せてもらったことがあった。そのアルバムに映っていた高校生の時の父の顔と、目の前の少年の顔がそっくりだったのだ。キリッとした目つきが特に。

「パパって…」と少年が困惑した表情を浮かべ、何とも言えない空気になっていると、花畑の奥から「どうしたの?」と少女の声がした。

沙百合は駆け寄ってきた少女を見つめた。制服から見るに、おそらく少年と同じ学校だ。ポニーテールで活発な雰囲気だが、状況を判断するように落ち着いた眼差しで少年と沙百合を見ている。

身長こそ自分と変わらないが、女子というのは何となく雰囲気で中学生か高校生か分かる。この人は高校生以上だ。あっ、ということはパパ似のこの少年も自分より年上なのかと改めて沙百合は考えを巡らせたが、目の前の少女の眉毛を見た瞬間、またしても心の叫びが声に出てしまった。

「その眉毛、ママにそっくり!」

狭い額に太筆でバシッと一筆書きしたような堂々とした眉毛。沙百合の母の家系の女の子は皆この眉毛を受け継いでおり、沙百合も例外に漏れずこの顔立ちをしている。14歳思春期真っ只中の沙百合にとっては、太い眉はちょっとコンプレックスに感じているのだが。

沙百合は状況を整理し、一つの結論にたどり着いた。

目が覚めたら見知らぬ場所にいて、目の前には両親にそっくりの少年と少女が立っている。このシチュエーション、それは…

「あたし、タイムスリップしちゃったんだ!パパとママが学生時代の頃に!二人の名前はがい京子きょうこだよね?私は沙百合。西暦2021年の未来から来たあなた達の娘だよ!」

目をキラキラさせながら早口でまくし立てる沙百合だったが、少年の方が若干引いた目をしつつ話を遮った。

「いや違うから。俺の名前は天馬てんま。こっちは姉貴の一華いちか。俺たちは姉弟。ちなみにここも2021年だ」

言われてみれば父に見せてもらった写真と制服が違うし、天馬と名乗った彼の手には最新型のiPhoneがあった。両親が高校生の頃はiPhoneどころかガラケーも無かったと聞く。沙百合には想像のつかない時代だ。

がっくり肩を落とす沙百合を見ながら、一華は穏やかな表情のまま口を開いた。

「沙百合ちゃん、だよね。タイムスリップはしてないけど、ここはあなたのいる世界じゃないのは確かだと思う。お父さんとお母さんは一緒じゃないの?」

微笑むと口元に表れるえくぼなんかママにそっくりなんだけどな、と一華を見つめながら、沙百合は家族のことを話し始めた。両親が珍しくケンカして、家にいたくなくて飛び出してきたこと、普段は家族3人仲が良くて、自分の幼稚園や学校の行事には欠かさず来てくれたこと、夏休みには毎年家族旅行に行くこと…。

一華はうんうんと頷きながら沙百合の話を聞いていた。天馬も時々「へえ」「仲いいんだな」と相槌を打ちながら耳を傾けていた。真剣に話を聞く時に背筋を伸ばす癖もパパと同じだと思いながら、沙百合は普段友達には話さないようなことまで二人に話していた。家族への気持ちを言葉にするたびに、胸の中につっかえていたモヤモヤが晴れていった。

1時間ほど経っただろうか。天馬がハッと気づいた様子で口を挟んだ。

「花の色が変わってきてる。そろそろ時間だ」

見ると、沙百合が倒れていたところに咲いていた青い花の青色を塗りかえるように、花弁がピンク色を帯び始めていた。さらに花畑全体が白い霧で覆われている。

「沙百合ちゃんが元の世界に戻る時間」

一華は寂しそうに沙百合の目を見て告げた。

「待って!あっ、ねえLINE交換しよう!また二人と会って話したい」

沙百合はスマホを取り出しながら叫んだが、徐々に意識が薄れていくのを感じた。動いていないのに、一華と天馬が遠ざかっていく。

「たぶん、もう会えないと思う。私たちと沙百合ちゃんは違う世界の人間だから。本来、絶対に交わることはない世界なの。一度だけだとしても、会えて嬉しかった」

「なんで会えたのかわかんねえけど、沙百合が元気に生きてて安心したよ。大丈夫、お前は家族みんなに愛されてるから。沙百合も父さんと母さん大事にしろよ!」

一華と天馬の声を聞きながら、沙百合の意識はそこで途絶えた。


目が覚めると、病院のベッドの上だった。病院の天井…よりも自分をのぞき込む両親の顔が視界に入った。

「沙百合!良かった、気が付いて!」

「良かった…本当に良かった。お前が家出たところの道路で倒れてるって連絡来たときは心臓止まるかと思ったんだぞ」

涙ぐむ両親を見ながら、元の世界に帰ってきたんだなと実感した。


身体に異常はなく、すぐに退院することができた。帰りの車の中で、母が思い出したように口を開いた。

「前にも話したけど、沙百合の前には二人ね、妊娠したけど生まれてこられなかった子供がいたの。その時はすごく悲しかったけど、だからこそ沙百合がお腹の中からオギャー!って元気に出てきてくれた時は嬉しくて涙が止まらなかったのよ」

えくぼを見せながら微笑む母の隣で、ハンドルを握る父が背筋を伸ばして頷いた。

「もしかしたら上の二人が沙百合を守ってくれたのかもな」

沙百合の脳裏にさっきまでいた花畑が広がった。一華と天馬、パパとママに似ている不思議な姉弟。あの二人って、もしかして…

沙百合は両親に見えないよう左側に首を向けて頬杖を突きながら外を見た。溢れてくる涙を隠したかった。


信号待ちで、花屋の前で車が止まった。花屋に売られている数えきれない種類の花の中に、花畑で見たあの青い花も売られていた。沙百合が潤んだ目をこすって花の名前を見ると、「ブルースター」と書いてあった。

星形に開いた小さな花弁が二つ、沙百合を優しく見守っているようだった。




#2000字のドラマ  

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