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ウィーン ここが私のアナザー◯◯◯ 1

約15年住んだウィーンを離れてから、4年ぶりに一人で再びウィーンを訪れた。空港からSバーンと呼ばれる電車に乗ってホテルへ向かう。空港駅のホームに立ち、Flughafen Wien(ウィーン空港)と書かれた駅名を見たときは、「ああ、帰ってきた」という気持ちが沸き起こった。

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地下鉄に乗り換える。どこに行って、どの路線に乗れば良いのか、体が覚えている。私が一番よく利用した路線、U4に乗る。今回泊まるホテルは、一番初めに一人暮らしを始めたフラットの近く、そして最後に夫と長く住んだ家にも近いところ。地下鉄を降りて、外に出る。

「懐かしい」

普通に生活をしている人たちに混じって歩きながらも、笑顔がこぼれてしまう。この道はよく知っている、でも今はもうここは私の生活拠点ではない。私が向かうのは自分の家ではなく、ホテル。なんだか不思議な気持ちだ。

今回は、ロンドンでの仕事の有休消化もあり、少し時間ができたため、3泊だけひとりでウィーンに来た。久しぶりに友人たちに会って、楽しくおしゃべりをしたい。そして、その合間にふらふらとウィーンの町を歩こう、それが目的だ。

午前中・お昼・夕食と、友人たちとの約束は忙しく埋まっている。それでも、空白の時間はある。私は王宮へ向かうことにした。オーストリアを中心に栄華を誇ったハプスブルク家の宮殿。観光客には、夏の離宮と言われているシェーンブルン宮殿の方が有名かもしれない。しかし私には、町中に聳えるこの王宮に、ちょっと特別な思いがある。

ウィーンの町の中心はどこかと問われると、やはり国立オペラ座と答えるだろう。

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そこからシュテファン寺院に向かって、歩行者天国のケルントナー通りが伸びている。ザッハトルテで有名なホテルザッハー、クリスタルで有名なスワロフスキーのショップもこの通り沿いにある。観光客や地元の人が行き交う繁華街をしばし歩くと、誰もが必ず足を止めるであろう大きく立派な建物、シュテファン寺院が現れる。

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なぜだか、一人で無我夢中になっていた若かりしウィーン1年目の頃を思い出す。

それから左側にまた歩行者通りが続く。グラーベンと呼ばれる通りだ。ケルントナー通りよりは短く、少しゆったりした雰囲気がある。17世紀終わり、9年もの長い歳月人々を苦しめたペストの終焉を記念し、建てられた記念碑がある。三位一体記念碑とも呼ばれている。

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通りの突き当たりにユリウス・マインルという名の高級スーパーマーケットが見えてくる。世界中のグルメ食材を扱っていることで有名で、オリジナルのコーヒーが有名だ。赤いとんがり帽子を被った男の子の顔のロゴで知られている。特に買いたいものがあったわけではないが、ふらりと中に入ってみる。

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ユリウスマインルからまた左側に、別の歩行者通りが続く。コールマルクトと呼ばれる高級ブティックが並ぶ短い通りだ。この通りで足を止めたいところは、残念ながら高級ブティックの前ではなく、カフェデーメルの前だ。ここにもザッハトルテ、もとい、デーメルトルテがあり、そのほかチョコレートなどお菓子が有名で、たくさんの観光客が押し寄せている。私の目的はチョコレートではなく、ここのショーウィンドウだ。季節ごとにお菓子を使って可愛いデコレーションを見せてくれる。特にクリスマスやイースターの時期は、ここのデコレーションを見るのが楽しみの一つになっている。今回はちょうどイースターのデコレーションを楽しむことができた。

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ようやくコールマルクトの突き当たりに、王宮ホーフブルクのミヒャエル門が見えてくる。中央に高々と建つエメラルド色のドームから、左右に白い翼を広げたように緩やかなカーブを描いた優雅な建物が広がる。

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そして、そこには何台もの馬車が待機している。観光客を乗せる馬車だが、大層趣がある。この光景がなんとも言えず好きだ。

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この建物の前には、噴水でもありそうな雰囲気だが、あるのはローマ時代の遺跡の発掘の跡。現代の町の中心である3つの歩行者天国の喧騒の中を歩いてきて、突然現れるハプスブルグ時代の栄華とローマ時代の発掘跡。時の流れが止まったような町、そう、これがウィーンなのだ。

王宮は、歴代皇帝により何年もかけて継ぎ足され、今の造りになった。皇帝の住居の展示の他、宝物館、ミュージアム、ウィーン少年合唱団が歌うミサが行われる礼拝堂、スペイン乗馬学校、図書館、コンサートホール、教会、庭園などが集結している。

かつての皇帝の部屋として一般公開されているのは、フランツ・ヨーゼフ皇帝と皇后エリザベートが使っていた部屋だ。そのエリザベートはシシーという愛称で親しまれているが、シシーミュージアムも2004年にオープンした。私が王宮にちょっとした思い入れを持つ理由は、このシシーだ。

私がシシーに興味を持ったのは、ウィーンに住み始めてからだった。彼女の生涯を綴った小説を読み、すぐさま魅了された。ドイツ・バイエルンで活発に育ったシシー、姉のヘレーネが皇后になるはずであったが、同行したフランツ・ヨーゼフとの見合いの席で、フランツ・ヨーゼフを魅了したのはシシーだった。シシーも同様の気持ちだったと私は思っている。皇后として嫁いだウィーンでの宮廷生活は、決して居心地の良いものではなかった。最愛のフランツィは公務に忙しく、厳しい姑により長男のルドルフ皇太子の教育も取り上げられ、孤独になっていく。長男の衝撃的なピストル自殺の後、シシーは世界中を旅して回る。そして、スイスのジュネーブで暗殺されてしまう。

自分との共通点なんて何もないけれど、どうしてこんなにシシーの物語に魅了されたのか、今でも理由はわからない。けれど、一つわかっていることがある。王宮のフランツ・ヨーゼフ皇帝の執務室に飾ってある、シシーの絵。これが私の心の琴線に触れた。忙しく仕事に没頭する間にも、ちゃんと愛されていたんだ、その1枚の絵は教えてくれる。

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当時ウィーンで一人暮らしをしていた私の心を温めてくれたのだ。今回はこの絵は見に行かなかったが、王宮の敷地を通り、再びシシーとフランツィに思いを馳せた。

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この3枚のポストカードは、一人暮らしをしていた部屋に飾っていたものだ。

つづく


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