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のん主演、綿矢りさの傑作原作 映画「私をくいとめて」

芥川賞を最年少受賞し、文学界にその名を刻んだ綿矢りさ。

しかし、その道のりは決して平坦なものではなく、長い不遇の時代を経て、時にはアイドルにはまりながら、なんとか作品を書いてきた人物でもあります。

そんな綿矢りさ原作による「私をくいとめて」は、文学の名に相応しい作品となっており、現代人の悩みがこれでもかと詰め込まれています。

ただ漠然と生きてきたつもりもないけれど、どこかむなしく、まわりには置いて行かれているような気分になる。

そんな人は、必ず共感できるところのある映画「私をくいとめて」は、原作よりも若干の変更をしつつ、原作の持つニュアンスを最大限に引き出されたものとなっていますので、その感想と簡単な解説を含めて書いていきたいと思います。


おひとりさまは悪いのか。


のん演じる主人公であるみつ子は、31歳で独身のOLです。

特定の恋人はいませんが、脳内にAと呼んでいる相談役がおり、その脳内相談役とやり取りをかわしながら、日々を過ごしています。

みつ子は、おひとり様だからこそできることを次々とこなそうとする毎日をおくっており、一人で焼肉を食べてみたり、一人で、食品サンプルをつくりにいったりしています。

それはそれで充実しているのですが、彼女は、どこか満たされない気分を抱えています。

というのも、彼女もまた、色々な苦労を乗り越えて、会社でOLをやってきており、表面だけみると、おひとり様を楽しんでいる、という状況になっているにすぎないのです。

綿矢りさの原作なだけあって、主人公はいい具合にこじれてしまっています。ですが、主人公だからといって、現実の我々と距離感のあるキャラクターではありません。

のんによる演技が特に光っており、下手な役者であれば、みていられないような演技も、実にナチュラルに、そして、良い意味で見る人間の心をえぐってきます。


本作品は、そんなみつ子の様々な心の動きを描いたものとなっており、とくに、序盤から終盤にかけてきになってしまうのが、多田くんという職場にやってくる取引先の青年の存在です。


子犬のような男


多田くんは、みつ子の職場にやってくる営業マンですが、あまり覇気があるようなタイプではありません。

ですが、彼は、なぜか一年間近く、時々みつ子のつくったご飯をもらって帰るだけの生活を送っているのです。


「これって、どういう関係?」

と、みつ子は言いますが、映画をみる我々もそう思ってしまうところです。


多田くんとの関係がわからない為に、果たして多田に彼女がいるのかどういうつもりでみつ子に会いに来ているのか、ということが、みればみるほどわからなくなっていくのです。

「大丈夫です。あなたは、多田さんのことが好きです」


と、Aが言いますが、それは、あくまで脳内の自分の言葉です。


しかも、設定上、みつ子は31歳であり、多田くんは年下
そのあたりの、言い出しづらさや、何か行動を起こしてしまえば、その関係が崩れてしまう恐ろしさ。

また、そもそも、一人でいるのが気楽でいい、というもっと根源的な部分での欲求も含めて、のん演じるみつこを苦しめます。


数々のトラウマ


職場の同僚に、旅館のチケットをもらい、みつ子はおひとり様で旅行に出かけます。

のんびりするつもりだったその場所で、彼女は、女性芸人にからむ姿をみて、自分のトラウマと重ね合わせながら、嫌悪感にとらわれます。

「手首細いねって言われて腕をつかまれたんだよ」

世の中というのは、まだまだ異性に対する扱い方というのがわからなかったり、粗暴な扱いをする人が多く、みつ子もまた、様々な想いを抱えていることがわかります。

Aに向かって叫ぶあたりは、もう、何度も目をそらしたくなるほどです。


そして、みつ子は、全てのことをいったん置いておいて、イタリアはローマに住んでいる親友に会いに行くのです。


遠くに行った親友


親友は、橋本愛演じる人物となっており、かつてはNHKドラマ「あまちゃん」で共演していたことがあり、懐かしく思う人もいるのではないでしょうか。

親友であるはずの二人のやり取りもまた注目すべきところです。

ちなみに、ここからは、ネタバレとなっていますのでご注意ください。

橋本愛のお腹は大きくなっています。

作中でも、イタリア人と結婚しているというのは周知のことなので問題はないのですが、妊娠については、みつ子に伝えていなかったのです。

親友とはメッセージアプリでしょっちゅうやり取りをしていたはずなのに、それが伝えられていないというのは、なかなかな闇の深さを感じるところです。


現代において、結婚や妊娠出産といったイベントをこなすというのは、良くも悪くも大きな負担となっています。

それがなんなく行える人からすれば、単なる人生の通り道にすぎないようなできごとであっても、みつ子のようにまわりを気にする人間であったり、どこか違和感を感じる人間からすれば、そのいわゆるいい人生のレールに乗った人たちをみる度に、劣等感のようなものを抱くのはやむえないところなのです。


カフェで、女性二人の会話を盗み聞きしているみつ子は、その会話で一喜一憂させられます。

片方は独身を貫くつもりの女性と、片一方の女性は、相談をしている呈で、年下の男の子に付き合ってくれって言われている、どうしようか、といった話をしているのです。

マウントの取り合いというのもありますが、他人の会話から、みつ子が安心したり、驚いたりするあたりは、いわゆる、わかりみが実に深いところとなっています。


舞い戻って、橋本愛演じる親友は、妊娠の事実についてみつ子に伝えておらず、しかも、みつ子も、そのことについて触れません。


このあたりの距離感の見せ方は絶妙です。

後に、二人は、お互いの腹の中を話して、仲直りをするのですが、それまでの緊張感は、共感できればできるほど鋭く感じてしまうところです。

最後には、誰よりも先にいってしまったと思っていた橋本愛もまた、実は、外にまともにでることができなかったこともわかったりして、不安を抱えてどうしようもなくなっていたことがわかります。

雨があまりふらないローマで雨がふり、天気が晴れていくあたりも、みつ子の心の動きと連動しているところです。


そして、彼女は、日本に帰国します。

ちなみに、ローマに来る前に、みつ子が飛行機が苦手という描写もあり、過剰なまでに苦労をしてローマに到達したにもかかわらず、親友は妊娠しているし、しかも、イタリアのご家族たちは、明るくて良い人だけれど、言葉もわからない中で、孤立感が深まって感じられるというところも、絶妙な演出となっています。

Aの存在


さて、「わたしをくいとめて」に強い特徴を与えているのは、Aという脳内相談役の存在でしょう。


何度もみつこは「あんたは、わたしなんだからさ!」

と怒鳴っていたりしますが、Aはだいたいにおいて冷静で、みつ子のことを想った発言をしてくれます。

「化粧は落としてください。風邪をひきますよ」


いわゆる二重人格のようなものと書いてしまうと薄っぺらくなってしまいますが、現実逃避をしたいみつ子の精神が生み出した一種の装置だと思っていただければと思います。

自分を傷つけず、常に相談にのってくれる理想的な存在

ですが、過去においては、そんなAが暴走して、みつ子にトラウマを負わせることになってしまった事実があることも、忘れてはならないところです。

Aという存在が、声だけではない状態で現れてたときの「ちょうどいい」というみつ子の言葉は、なかなか妙なところです。

中肉中背で、美男子でもないけれど、不細工でもない。

そんな、みつ子の願望を含めてつくりだされたAとのやり取りは、一見の価値があるところです。


多田くん


さて、物語のキーマンとなるのは、年下の多田くんという存在です。

みつ子のことが好きにしかみえないのですが、本当はどうなのかさっぱりわからない男の子です。

ネタバレしているので言いますが、多田もみつ子のことを好きではあるのですが、なかなか踏み出せないでいただけであることがわかります。


無事いい感じになってデートにいったりする仲になるのですが、みつ子の男性不信は相当なものであるため、心を許しかけていた多田くんが、ちょっと乱暴な言葉を吐いたことに反応して、謝ってしまったりします。

「レンタカー返却まにあわねぇじゃん」

「ごめんね」

「なんで、謝るんですか」

 多田くんは、自分に言っていたのかもしれませんが、配慮が足りない言葉でもあります。


ホテルで抱き合ったみつ子は、「そんなんじゃないから」と拒絶して、映画「シャイニング」ばりに点滅するホテルの廊下で、膝をかかえてしまいます。

みつ子の繊細な心がよくわかるシーンであり、このどうにもならない状況の中で、どうしたらいいのかを悩むあたりは、ドキドキがとまらないところです。


映画「わたしをくいとめて」は、大九明子監督がメガホンをとっていますが、実は「勝手にふるえてろ」でも、すでに綿矢りさの原作も作っていたりします。


「勝手にふるえてろ」と話の方向性は似ているところではありますが、「わたしをくいとめて」は、綿矢りさによる原作が、より特価した面白さになっているところに加えて、映画では、のんの絶妙な演技が光っており、見どころが満載の映画となっています。


ちなみに、原作者である綿矢りさは既に結婚しており、年下の男性と結婚していることから、これは、自分の実体験やその時の想いを作品に昇華したのかな、なんて想いながらみるとまた面白くみれたりするかもしれません。


以上、のん主演、綿矢りさの傑作原作「わたしをくいとめて」でした!

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