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平日の昼下がり、スタバにて

女子大生がclubhouseについて語り合うのを聞きながら昼下がりのスタバでnoteを書いている。こんなことができるのは、昨日、仕事を辞めたからだ。

学生街にあるスタバだし、変なスウェットを着ているし傍から見れば僕も大学生に見えるだろう。

1年目だったが、もう仕事を辞めてしまった。正確には今月いっぱいで退職だが、有給消化中だ。

さらに正確に言うと、まだ1日出勤日があったのだが、昨日の仕事終わりに、アレの影響もあり、社内でプチ送迎会をやってもらった。上司が、送迎会の後来るのは恥ずかしいだろうと今日を在宅勤務にしてくれた。もちろん、もうパソコンなどは返してしまっているので、実質現在無職だ。

1月下旬に部長に仕事を辞めたいと伝えたので、ここまで3週間余り。スムーズに退社できるように取り計らってくれたのだろうが、早すぎて未だに実感が湧かない。

正直、何で辞めたんだろうという気持ちがないわけではない。辞めることが決まった後は、どんどん仕事が減っていき、ここ2週間は仕事が楽で、上司に怒られることもなかったからかもしれない。

僕はこれまで24年間生きてきたが、どちらかというと安定志向の人間だったし、いわゆる優等生タイプだ。しかし、そんな僕が、辞めようと勇気を振り絞って上司に言ったのだから、当時はよっぽど参っていたのだろう。

1年前の今頃は就活をしていて、勤めていた会社は第一志望の1つだった。

希望していた業界に入れたのだが、どれだけ続けても業務や日々の仕事にやりがいや楽しさが見つけられなかった。たくさんのことを勉強しなければならなかったが、興味を持てなかった。

情熱を注げないことで上司に怒られることも嫌だった。

「1年目だから仕方ない」とか「コロナでイレギュラーな状態だった」とか、そういうことは自分でもわかっていたが、やりがいを見つけられるまで、環境が変わるまで、2,3年我慢してがんばり続けることがどうしても考えられなくなっていた。

決断をするまで、あまり時間をかけなかった。もちろん沢山悩んだ。やめる口実にしたかっただけかもしれないが、次にやってみたいこともぼんやりと決まっている。

「人生は選択の連続だ」なんてよく言うが、ほんとにその通りだと思う。些細なことから大きなことまで毎日選択して生きている。僕は、人生は選択したことを正当化していく作業だと思っている。

選んだときは、正解かわからない選択を間違ってなかった、こっちを選んでよかったと思えるために行動していくものだと。

「より正解に思えるもの」を時間をかけて考えて選び取るよりも、努力して行動して、選択したものを「正解に仕立て上げていく」ことの方が大事じゃないかと考えている。

悩み抜いて選んだとしても、結果的にどちらでもいいような、大差ないものが待っているかもしれない。実際、人生は往々にしてその結果が多いだろう。

それならさっさと選んでしまって、その後努力したほうが効率的だし、楽しいじゃないか。

自分でこんな風に考えているし、こんなオンライン上に大々的に宣言してしまっているので、次は中途半端でいくわけにはいかない。笑

1年目の僕に多くの時間をかけてくださった、多くの元職場の方たちにすら、あのとき辞めてよかったな、なんて思ってくれるようにこれから精進していきたい次第です。

ちなみに画像は、シアトルの1号店のスタバ

スキしてもらえると喜びの舞を踊ります。