野球にはジンクスがつきもの

僕は小学3年生から中学3年生まで野球をやっていた。高校入学後も野球部に入部し諸事情で1年生の2月に退部してしまったが、約7年打ち込んでいた。
野球をやらなくなってからも地上波の中継で見たりラジオで聞いたりと、今も野球は僕の身近なスポーツである。回数こそ少ないが球場に足を運んだこともある。

初めて球場に足を運んだのは、小学3年生まで遡る。母親と一緒に、東京ドームの読売ジャイアンツ対中日ドラゴンズを観に行った。当時野球を始めたばかりで特にファンの球団もなく、たまたま取れた席が巨人側だったのでなんとなく巨人を応援していた記憶がある(因みに今はドラゴンズファン)。
結果を言うと、9-1(多分)でビジターのドラゴンズが勝利した。今思い返してみると、ドラゴンズにはT・ウッズや荒木と井端の“アライバコンビ”などの野手陣、投手陣には吉見をはじめとした先発投手陣に浅尾・岩瀬を中心とした強力なリリーバー陣など、盤石の布陣だった(今はドラゴンズ暗黒時代真っ只中。強かった時代が懐かしい!)。

2度目の観戦は小学4年生、再びの東京ドーム。対戦カードはジャイアンツ対阪神タイガース。いわゆる「伝統の一戦」といわれるカードだ。
これも結果を言うと、タイガースが勝利した。僅差のゲームで、最終回に全盛期のクローザー・藤川球児が登板していた。「火の玉」や「浮き上がる豪速球」と喩えられる彼のストレートは、喩えでもなく本当に浮き上がるのをこの目で見て、かなり強烈だったのを覚えている。

3度目は小学5年生。夏休みに福井県にいる曾祖母宅に泊まりに行き、「ついでだから」とナゴヤドーム(現バンテリンドーム)のドラゴンズ対横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)を観に行った。
こちらも結果を言うと、ベイスターズが勝利。当時在籍していた村田にホームランを打たれたこと、「代打・立浪」のコールに球場が割れんばかりの大歓声に包まれ報道陣のシャッターが一斉に切られたことを、今でも鮮明に覚えている。

この3回の観戦には共通があった。それは、「いずれもビジターチームが勝っている」ということである。僕は確信した。これは、「俺が観に行けばビジターが勝つジンクスだ!」と。
このジンクスが本物なら僕は一生ドラゴンズのホームゲームを観に行けないということになる(そもそも物理的な距離の問題で行きづらいのもある)が、ドラゴンズが勝てればそんなことは些末な問題である。

大学生になってから、小学生以来の野球観戦に行く機会があった。その日は横浜スタジアムにてDeNA対ドラゴンズだったが、「ビジターチームが勝つジンクス」を得ていたドラゴンズファンの僕は、意気揚々としていた。「俺が観に行くんだぞ、ドラゴンズの勝ちは貰ったも同然だ!」くらいの気持ちだった。

しかし結果は、ドラゴンズの敗北。その数か月後にも、東京ドームにジャイアンツ対ドラゴンズを観に行ったのだが、その時もドラゴンズの敗北。あっさりと僕のジンクスは崩れ去った。逆に、「ホームチームが勝つ」というジンクスが出来上がってしまったのでないか?

その日以来、一度も野球観戦に行けていない。小学生時代の「ビジターチームが勝つ」というものから、大学時代の「ホームチームが勝つ」というジンクスに変わってしまった恐怖がある。

今はどうなっているのか。ご時世もあり、なかなか球場に足を運ぶのがためらわれるが、シーズンも開幕間近だし、一度ジンクスがどうなっているのか確かめるためにも久々に観に行きたいものだ。

#スポーツ観戦記 #球春到来

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