見出し画像

引っ越しました

古い新居、と呼んでいた品川の部屋に暮らして早8年。9月末に更新を控えた8月末にコロナ罹患と相成り、ぼんやり頭でその手続きを進めていたさなかに、かねて相談していた別の家主さんから連絡が。「空き部屋のリフォームが終わったけど、内覧します?」 します、します! しかし、このタイミングかあ。もう更新の返事をしてしまったし、撤回して9月末で退去するなら残りは3週間を切っている。更新料プラス1ヶ月分の家賃を払う…ってことになるのかなあ。契約書とニラメッコしつつ、でも、せっかくのチャンスだし、そもそも物件を見て回るのは大好きなので、まだコロナの名残の咳でコホコホしながら2つ返事で赴いた先は今までほぼ無縁だったエリア。どんな感じかしら…。

品川の部屋は山手線の3つの駅からいずれも徒歩15分程度。山の上なのでどのルートでも坂道もしくは階段を経て、家に辿り着けば3階まで階段という、シニアにはなかなかハードなトレーニング付き物件だった。でも、住めば都と申しますように慣れてしまえば全然OK。むしろその奥地ゆえの静かさと、古い割にしっかりした造りで防音の効いた部屋での暮らしは快適で、なんたって駅まで15分歩けば数分おきに山手線が来て乗っけてってくれるんだから便利なことこの上無し。タクシーに乗れば、駅まで歩くのと同じぐらいの時間で大抵の仕事現場に着いたし、羽田空港にだって行けた。成田空港も駅から直通バスがある。品川駅ならいきなり新幹線だ。バリバリじゃん…と張り切っていたらコロナ。品川8年の半分がコロナ。利便性の意味が変わる中、私も還暦を迎えて思うところ多々となり、両親もいなくなって、実家も私が帰る場所ではなくなって、年寄りに厳しい賃貸状況も耳に入ってきて、うーん、考えどきかもしれんな、と。

快適とはいえ、いかんせん私と同世代の品川物件。元気そうに見えてきっと中身はあちこちガタがきているはず。古さが顕著に現れる水回りでいうと、一度は排水管が詰まって洗濯機の水が廊下に溢れ出したことがある。大家さんが速攻で対処してくれたので事なきを得たけれども、階下への水漏れが他の部屋で起きている、とその時に聞いて、以来、洗濯のたびにドキドキしていた。そして極め付けは風呂場。これは8年前に既にボロボロで、それを承知した上で入居したのだけれど、更に年季が入ってタイル張りの壁と床は掃除が大変だし寒いし、コンクリートの床に直置きのバスタブは高さがあって出入りがひと苦労な上に冷めやすい。別に平気さ、と思っていたこれが、昨年の手術後など、けっこうキツく感じられて、冬場はヒートショックも心配になったりして。

要は、物件より私の老化が早かった、ということか。

もしかしたら取り壊しまでいるかも、とも思っていたけれど、動くなら体力があるうちに、かつ保証人が必要なら弟が現役なうちに、保証会社を使うなら自分に収入がある今のうちに、そしてシニアだからと断られるようになる前に…と、少し前から周りに尋ね回っていたところ、コロナ禍にハマったギャラリー巡りで知り合った人が私の不安を払拭する条件で紹介してくれたのが、今回の内覧物件だった。だからある意味コロナの恩恵なのだ。

内覧。実は2件あって、最初に見たのは大きい方。それはそれは素晴らしい物件で、そこに住めたら最高!だったけど、今回は人生最後の引っ越し、ぐらいに思っている私は家賃も下げたかったし広さもそこそこでよかったので、こちらは贅沢過ぎる、ということで諦めた。2件目は品川の部屋より少し若いレトロ物件。部屋は少し狭くなるけど、スケルトンからリフォームしたそうで中身はピッカピカの新品だ。機能的には品川部屋と比べるべくもない。風呂場も温かくて、バスタブも低くて広くて掃除もラク。洗面所まである。角部屋だから窓が多くて明るくて、南向きのベランダは、この時期は暑いくらいの陽射しがたっぷり。いいじゃん! 物件そのものが古いから、建て付けや排水など、幾つか気になるところはあるものの、古いのにはなれていますから私、驚きはしません。ここまできたら私と部屋とどっちが先に倒れるか。大きな葛篭より小さな葛篭に幸せがある、こともあるでしょう。

というわけで、気持ちは固まり、申し訳無さいっぱいに品川部屋の不動産屋に連絡すると、すぐに大家さんと話してくれて、なんと更新料は免除の上、翌月にはみ出した分は日割りでよい、と。ありがたい! 新居の方も日割りにしてくれたので、余分な家賃はまったく発生せず、本当に助かった。良い人たちに囲まれているなあ、と感謝するばかり。

そこから約1ヶ月。燃えるゴミの収集日にして約8回、資源ゴミは4回で、燃えないゴミに至っては2回。捨てて捨てて捨てまくる。この勢いでやるしかない!と親がまとめてくれていた幼少時の写真のアルバムも整理した。私は最初の子供だから、親もきっと楽しみながら作ってくれたんだろう、可愛い切り抜きが一緒に貼ってあったりもする。あの頃のアルバムときたら、表紙が布張りだったりして作りがやたらと立派。とにかく重たくてかさばる。そのページから数枚づつむしり取って百均の陳腐な紙のアルバムに収めたら、味気なくも現実的なペシャンコサイズになった。不思議なくらい抵抗は無くて、すいすい進む作業。自分や親の姿よりも、着ている服や後ろに写っている街並み、家財、車、そんなのが気になって残しておきたくなる。60年代前半の暮らしなんて、2023年まできた今から振り返れば戦後間もないよね。個人のノスタルジーを超えて、歴史的記録写だわ、これらは。

洋服はまとめて古着屋に送ったら、幾つか高額買取になった。本もそれなりの金額に。一方で音楽絡みは全然ダメ。こういうのをWEB申し込みで、しかも無料回収でやってくれるのはホント便利。

引っ越しは8年前に好印象だった業者一択。他にもっと安いところはあるだろうけど、相見積もり取って比べる時間も、自分で動く元気も無かったのでお金で解決した…って言うほどの額じゃないが、まあ、安心代も込みってことで。そして、そこの紹介で不用品回収業者にも来てもらった。各々の都合により、引っ越し前日に不用品回収という段取りになってしまって、持って行く物と捨てる物の確認が大変かと思いきや、さすがの手順でパパッと回収。プロに頼むに限ります、なんでも。若けりゃ無理もきくけれど、自分でやって怪我でもしたら、あるいは知り合いを動員して怪我でもさせたら、取り返しがつきませんからね、この年齢になると。

引っ越し当日は13日の金曜日。でも、引っ越し兄さんによれば「引っ越しの日」だったらしい。パッキングの見事さを兄さんたちに褒められて鼻高々。8年前も褒められたので、そうやって煽てる決まりがあるのかもしれませんが。とにかくシミュレーションが全てですね、引っ越しは。部屋の引き渡しは翌月曜日だったので掃除はとりあえずとして、まずは運び出し。3階までの階段を何往復もする兄さんたち。聞けば、エレベーターより階段の方が早いんだって。さすが、若者は言うことが違う。前回のリーダーも気持ちのいい働きぶりだったけど、今回の兄さんもドラマ「東京 MER」の喜多見先生を思わせるテキパキっぷりで、後輩ふたりを必ず「さん」付けで呼び、「です、ます」で話し、「〜してください、〜しましょう」と指示を出す。そう指導されているのかどうかわかりませんが、人を動かす物言いって、あるよな、と思う。怒鳴ったり怒ったりじゃ、今のヤングはついていかないだろうし、聞いているこっちも不安になるもん。

少しでも安く、と時間指定をしなかったので夕方の新居到着となり、終わった頃にはもう暗くなっていた。運び込むだけ運び込んだら段ボールの山の中でパソコン設置。寝る場所も確保。憧れのモダンなバスルームでゆっくり…と思いきや、そうだ、風呂椅子も捨てちゃったんだ。シミュレーション能力に隙あり。

少しでも安く、といえば段ボール。これを中古にしたら値段がけっこう下がった。新品である必要って何? 迷わず中古でOKにしたら、届いた箱にはもちろん以前の引越しの名残が。「子供のもの」とか「ワイン」とかいう書き込みに暮らしが偲ばれたり、記号的な記入にはプロにお任せするとこうなるのかなと思ったり。割れ物は赤、すぐ使うものは黄色、とテープの色を変えるのも良いアイデア。今朝詰めた箱をもう開けるのか、と、ちょっと笑っちゃいながら黄色のを3つぐらい開けたところで力尽き、新居の夕飯は緑のタヌキだかキツネだか。すぐそこにコンビニがあるというのも、品川の山の上との大きな違いだ。

週明けて、引き渡しのため品川へ。家もそうだけど、街そのものも自分が住まなくなった途端に他人の顔になるというか、並行して動いている別の世界になるというか、その感覚がいつも不思議だ。日々の読書スペースになっていたスタバも、なんだかもう自分の場所じゃない感じ。空っぽになった部屋の鍵をガチャッ。入ると広い、広い! それなりに広いと思っていた新居が荷物を入れたらギュウギュウなのと正反対だ。こんなに広くて明るかったかなあ、と思いながら最後の掃除。日常の汚れは借主負担にならないとはいえ、発つ鳥跡を汚さずってやつで、なんとなく掃除しちゃう古い日本人。でもやっぱり風呂場は限界だ。不動産会社の担当は若い男性で、こんな風呂場は見たことないんじゃない?と聞いたら、「いや、もっと古い物件いっぱい扱ってますから」と。方や、引越し兄さんはタワマンに日参していると言っていた。入れ替わりが激しいんだって。それもこれも、今の都心の住宅事情を物語っているのかも。

引っ越して今日でちょうど1週間。未開封、というか開けては閉じている段ボール箱が5つ。この中のものは使わずとも生活が成り立つとわかってしまったので、新居でさらに断捨離が進みそうだ。かと思えば、かねてお疲れの様子だったパソコンが急激に疲労を募らせて速度がガタ落ち。よりにもよってモノ入りの今ですか! 勘弁してほしい、けど背に腹は変えられない。家電量販店とニトリと百均。それが近場に揃っているのも助かる。というわけで、とりあえずは成功だったんじゃないかな、この引っ越し。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?