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影は隠すべきか

突然寒くなった。
寒空の下で見る月が好きだ。
澄んだ空気が好きだ。
寒いのはとても苦手だけど、
美しい景色は大体寒さの中に宿る。
オーロラがなんとも美しいのも、きっと寒さのなかにあるからだろう。

自分の心と向き合う時間がずっと取れていなかったが、ようやく落ち着いてきたので、
最近の四方山話をつらつらと書いてみようと思う。

今年一年、
組織では大きな変化があった。
人がとても減った。
そのことに対して、私は直近大きな違和感を覚えている。

人が辞めるのは仕方がない。
お互いがお互いに付き合う意味がないと感じたら、離れていくのは当然だろう。
youtubeなんかを開くと必ず転職の広告が出る。

今や転職はトレンドだ。
そのことに異論はない。

ただ、違和感なのは、
「人が離れた」という事実に対して
誰も目を向けようとしないことだ。

人が離れたのにはなんらかの理由があるはずで、
それは必ずしも100%ポジティブな理由であることはありえない。

だとしたときに
・何が不足だったか
・どう感じさせてしまったのか
という部分に向き合うことは当然だろう。

なのに、今の組織は
全くそこに目を向けようとしないのだ。

暗いから月が光るように
弱みがあるから強みが輝くように
人や組織に影があることは問題ではない。
むしろ必要だと思ったりする。

ただ、その影を見ないふりをして、
良い点や光にだけ焦点を当てるのは間違っている。
影を認めてから、光が届くと思う。
綺麗事ばっかじゃ仕事なんかやってられない。

私だって、
人生で一番成長したと思った時は、
大切な人との別れ、自分の弱さ、
消せないプライドやエゴに向き合った時だ。
決して絶好調の中にいるときではない。
むしろ絶好調な時にこそ、大切なことを見失うとすら思う。

だから、今の綺麗にラッピングされた情報ばかり溢れて、疲弊する個人に見向きされない、この状態に強烈な違和感を覚えている。

今の部署で感じている、
この違和感をどこかで解消しないといけない。
個人の問題ではなく組織の問題として、
「今の選ばれない理由を直視しましょう」
「影にも目を向けませんか」

そんなふうに言えたらどんなに良いかと
思う深夜1時である。


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