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【小説】chapter11 飲み屋のトイレにて

 画廊は5時に閉まるらしい。3人でお昼にたらふくワインを飲んでしまったが、酔っ払いながらもひたすら作業をして、ようやくギリギリで展示の準備を終えることができた。そして、この後にも飲み会が待っている。
 一軒目はチェーンの居酒屋に入ることになった。先生と先生の友人と3人でとりあえず生ビールを頼む。飲み物が揃ったところで先生が乾杯の挨拶をする。そして飲む、飲む、飲む、たまに食べる。タバコを吸う。煙を吸い込めば香ばしい空気が口の中に広がり、酔いのレベルが一目盛上がる感じがする。
 
 そこそこ酔って来たタイミングで先生の後輩が2人やって来た。40代くらい、小太りで優しそうな男の人とおそらく30代くらい明るそうな感じの女の人。挨拶もそこそこに乾杯をして、また飲み始める。当たり前のように先生の後輩たちもお酒が強い。話すたび、飲み物が運ばれてくるたびに全員のテンションが少しづつ上がっていくすごくいい飲み会だ。

「彼女とかいないの?」

「いやーいないんですよねー」

「へぇ、じゃあ好きな人は?」

エミさんのことが思い浮かんで、でも、彼氏いるしなとか、もしかして知り合いかもなとか考えると、なんとなく言葉に詰まってしまった。

「あ〜いるんだ〜。ここに呼んじゃいなよ」

いやいやいないですよと言いつつ、ふとスマホの方を見てしまう。電話したら出てくれるだろうか?話が別の方向に変わったタイミングでトイレに行く。酒の勢いに任せて通話ボタンを押した。長いコールの後エミさんはあっさり電話に出た。

「もしもしーどしたの?」

「あーいや、なんか電話したくなって…」

「ふーん。酔ってるんでしょ?」

「そうです……居酒屋のトイレからかけてて」

「私もトイレで電話してるよ」

2人でつい笑ってしまう。組み立てて仕舞えば見えない隠されたエンジンがプラモデルを自分だけのトクベツなモノにするように、みんなには見えない2人だけの時間と空間で隠れて電話してる僕たちの間にはトクベツな何かがあるんだと思いたかった。

 ドアの向こうでは、うるさい居酒屋客たちの声が遠くにいるみたいに聞こえたが、電話の向こうがどんな場所なのか、何も聞こえてはこなかった。


つづく

この物語は全てフィクションです。

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