多様性の国のビジネス飯

今話題の『半沢直樹』でも頻繁に出てくるが、食事をしながらビジネスパートナーと話をする、というのは古今東西どこでも行われる。僕もコロナ前には、同僚や学生と昼食をともにすることは多かったし、独身の頃はよく飲みにもいった。

マレーシアでも同様だ。だが、さまざまな民族と宗教が共存するマレーシアでは、それはもっと難しくなる。

多くの人はご存知だと思うが、マレーシアはムスリム国家で、主にマレー系、インド系、中華系、その他少数、という民族構成である。人口全体の半分以上を占めるマレー人はほぼイスラム教徒だ。次に多いインド系マレーシア人は、ヒンズー教徒が多く、そして中華系は仏教徒、キリスト教徒が多い。イスラム教徒は豚肉を食べない。ヒンズー教徒は牛肉を食べない。日本とは異なり、信心深い”ガチの”仏教徒も牛肉は食べない。

そうすると、あたりさわりのない安全圏の肉は2種類。鶏肉と羊肉となる。だが、マレーシアには上記とは別にベジタリアンの人も多いのだ。もともとどの宗教も、基本的には肉食を推奨していないため、日本よりも圧倒的に信心深い人の多いマレーシアでは、ベジタリアンが多い。また、肥満や糖尿病が社会問題化までしている背景もあって、ダイエットと健康のためにベジタリアンになっている人も相当数いる。

そうすると、ブッフェなど、大人数が集まる食事会では、副菜(主に野菜料理)の他に、メインには必ず鶏肉料理、羊肉料理、野菜料理の3種が並ぶ。豚肉料理が並ぶ点心や牛肉料理は出せないのだ。

で、さらに細かいことに、ベジタリアンの人々の中にもいろいろあって、ややこしい。ベジタリアンの中で、一番厳しいのはヴィーガンと呼ばれるもので、肉はおろか、魚を含めた一切の動物由来のもの排除するベジタリアンだ。これに対し、ヒンズー教徒のベジタリアンは、牛乳、バター、生クリームは良しとする。したがってインド料理の菜食は、結構カロリーは高く、食べ応えがある。中華系の菜食レストランにいくと、完全にヴィーガン料理を提供するものから、鶏や魚の出汁を使っていたり、卵も出しているような、ゆるゆるなところもあって様々だ(うまいけど💛)。

要は大人数が安心して食べられるためには、マレーシアの食事は、鶏肉、羊肉、ヴィーガンが入った野菜料理を必ず用意しなくてはならないというとだ。そうすると大規模なブッフェ形式で出される料理のパターンはある程度決まってしまう。

そんなわけで、大きなビュッフェだとあきやすいので、フォーマルな会食でもない限り、ホーカーと呼ばれるフードコートに行くことが多い。ホーカーとは屋台の集まるフードコートで、大抵は大きな広場にテーブルがたくさんあって、その周りをたくさんの屋台が囲むような形をしている。人々はめいめい好きなものを好きな屋台で買い、食べる。これならば、他の人の宗教的・健康上の制約に縛られることなく好きに食べられる。

これだけ他民族、多宗教で、しかも、もともとマラッカ王国がスパイス取引を中心とした国際交易国だっただけあって、食べ物の選択は日本より圧倒的に多い。

中華料理だけでも、福建料理、広東料理、北京料理、四川料理、客家料理、順徳料理などを食べに行けるし、インド料理も、日本人におなじみの北インド料理(ナンとクリーミーなカレーなど)から、バナナの葉っぱを皿代わりに食べる南インド料理(しゃばしゃばしたカレーとご飯中心で脂っぽくない)があり、それにマレーシア料理、タイ料理、ベトナム料理、日本料理、韓国料理など、アジア各国料理が食べられる。最近では日本のラーメン屋さんも人気で、一風堂などのチェーン店も有名ショッピングモールなどに出店されている。

強いて文句を言うならば、本格的な西洋料理、本格的な和食屋が少ないということくらいだ。

なので少人数でご飯を食べに行くときは、誰か美味しいレストランを知っている人と行くと、滅茶苦茶美味しいものを食べられたりする。一度、英語のあまり通じない地元の中華海鮮レストランに連れて行ってもらったが、安い上にもの凄く美味しかった。その後、家族で通うようになった。

逆もまたしかりで、「モトキ、美味しい日本食しらない?」と言われることもままある。

先日は、そう聞いてきた女性の同僚を近くの美味しい店に連れて行き、メニューにはない「おまかせ」を大将に頼んで、ちょっとした和食のコースを食べさせてあげたところ、感激して「今度旦那の誕生日にここで食事する!」と早速予約をしていた。

こんな案内をしてあげられるのは、僕が日本人で日本食のオーナーシェフと付き合いがあるからで、日本食についてそれほど詳しくなく、日本語も話せないマレーシア人には難しい。だからこそ、こういう案内をしてあげるととても喜ばれる。

そして、中華系のマレーシア人に尋ねると、中国語しか通じないようなマニアックなレストランに連れて行ってくれたり、マレー系の人はイスラムの祝日に招待してくれて自分の家でマレー版おせち料理などをふるまってくれることもある。

多様性のある分、外からはわからないマニアックな文化の深淵を、食を通してみることができるのは嬉しい。ちなみに、上記の女性の同僚とはビジネスランチで日本食レストランに行ったのだが、とても感激してくれて、その後の話も弾み、いろいろなコラボレーションができそうだということで、今後につながる話ができた。

アメリカのサンクスギビングデイの逸話ではないが、美味しく食事をしながら会話することは、その後の関係構築に良い影響を与える。多様性のある国では、セッティングはなかなか難しいが、マニアックに美味しいものに巡り合え、その分関係も深まる、「よりおいしい」チャンスもあるのだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?