本田圭佑のメッセージを見て、「夜と霧」に思いを馳せる
https://twitter.com/ashinaga_jp/status/1257428554582765578
まずはこちらの動画をぜひご覧ください。
これは私のボスでもある本田選手が、あしなが育英会の奨学生に向けたメッセージです。
本田選手とあしなが育英会は浅からぬご縁がある。
あしなが育英会の賢人達人会に名を連ねていたり、
あしながウガンダを訪問したり、
日本のあしなが育英会さんを訪問したりと、
そんなご縁もあって動画の依頼をいただきました。
この動画の中で彼は以下のようなことを言っています。
「変えられること、変えられないことがある。変えられることは自分自身だ」
私はこの発言を聞いた時に、ヴィクトール・E・フランクルの「夜と霧」を思い出しました。
「過酷きわまる外的条件が人間の内的成長をうながすことがある」
まさしくこの言葉と、彼の発言は重なるのではないかと。
今、新型コロナウイルスの影響で本当に多くの人が言いようのない不安を抱き続けている。
かくいう私もその一人だ。間違いなく、気分の浮き沈みは激しくなったし、将来に対する精神的なストレスを常に感じている。
・会社はこれからも続いていけるのか
・アフリカのプロジェクトは守れるのか
・海外で展開しているサッカースクールやクラブは継続できるのか
・自分の年度初めに立てた目標は達成できるのか
本当に情けないくらいに心配事が尽きない。
でも、その中でも自分の「未来」を信じるか、信じないかは自分が決められる、と常に意識したい。
フランクルは同著でこうも言っている。
「未来を、自分の未来をもはや信じることが出来なかったものは、収容所内で破綻した」
「強制収容所の人間を精神的に奮い立たせるには、まず未来に目的を持たせなければいけなかった」
実際に置かれた過酷さや、生命が脅かされる距離感はまったく異質ではあるが、
「いつまで強制収容所に入っていなければならないのか」
「いつまでコロナウイルスに脅えていなければいけないのか」
この2つは、「ありようがいつ終わるか見通しがつかない」という点においては類似していると感じる。
見通しがつかない状況に置かれた時に人間はどうなるのか。
未来や未来の目的を見据えて生きるのか、それともそこから目を背け、自らを諦め、未来に生きないのか。
私は絶対に前者でありたい。
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ほら、冒頭の写真の男の子も言っているでしょう。
「上を向いて歩こう」と。
誰かにとって有益な記事になっているのであれば幸いです。いただいた代金は、私のルーツでもある母子家庭の支援団体への寄付に全額使用させていただきます。