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【書籍紹介】戦略ごっこ―マーケティング以前の問題 芹澤連 著

本書は、これまでマーケティングの常識と考えられてきた多くの理論が実は事実に照らし合わせると必ずしも正しくないということを大量の実証データを元に解説する衝撃的な1冊です。

著者の芹澤氏は、日経クロストレンドのインタビューで以下の様に述べています。

書籍「戦略ごっこ」の先行研究をしていて気づいたんですが、マーケティングって理論ベースの研究がとても多いんですよね。元々、心理学や経済学などから理論を拝借していたことも関係するみたいなんですが、まず理論から仮説を導いて、その仮説を相関が高かった、有意差があったなどと検証する。結果としてこの理論が今回も支持されました。このようなタイプの研究が非常に多い。

それに対して、現在のエビデンスベーストマーケティングの基礎を築いた故アンドリュー・アレンバーグ教授は、本来は実際に観察される現象からスタートして、広く証拠を集めた上で理論化するべきなのに、多くのマーケティング研究はまず主観的な理論や概念ありきで、理論のための理論になってしまっていると指摘しています。

マーケティングに必要なのは理論に当てはめることではなく、現実を現実のまま理解するという姿勢です。特に実務ではそれが大事です。ダブルジョパディや購買重複のようなブランド成長の規則性も、そのようにして見つかっています。逆に、現実の市場で起こっている事実ではなく誰かが頭の中でつくり出した概念を起点にするからごっこになるわけです。

出典:マーケターの思考は、どうして現実からズレていくのか?(日経クロストレンド)

バイロンシャープ教授は、エビデンスベーストマーケティングを以下のように定義しています。

世の中がどのような仕組みで動き、購買者がどのように買い、市場への介入がどう機能するかに関する、現時点で最良の、信頼できる、一般化された知識に基づいてマーケティングの意思決定が行われる。そうした意思決定を支えるために状況に応じたエビデンスと事実データが用いられる。

マーケティングが対象とする消費者購買行動、広告コミュニケーション、価格戦略等において様々な規則性が存在します。代表的なものは、ダブルジョパディの法則、購買重複の法則、自然独占の法則等。

ダブルジョパディの法則とは、小さなブランドは、売上を構成する顧客数、浸透率と購入頻度の両方が少なくなる、売上が2重にペナルティを受けるというもの。

大きなブランドと小さなブランドの主な違いは顧客数であり、ロイヤルティの高さはそこまで変わらない。実際は、大きなブランドのほうがやや高くなる。

顧客数が増えればロイヤルティが高まるという構造にある為、意図的に優良顧客だけにフォーカスし、ロイヤルティを高めるという戦略は機能しない。新規顧客の獲得コストは、既存顧客の5倍なので、新規顧客獲得ではなく、既存顧客の育成に注力せよという理論を妄信してはいけないと警鐘を鳴らします。

また、ダブルジョパディの法則は顧客数とロイヤルティの関係に留まらず、ブランドイメージ、想起、ブランド検討などにも応用できると著者は解説します。

同時に、著者はエビデンスベーストマーケティングは、特定カテゴリーの消費者行動に共通する大きな規則性をまず理解することが大切だという話であって、1つの例外もない絶対的なルールがあるなどという話ではありませんと注意喚起を促します。

更に、以下の通り補足説明しています。

原則より例外ばかり気になる人には向いていません。統計学には全てのモデルは間違っているが、いくつか有用なものもあるという言葉があります。本書で紹介する事業成長の規則性も、厳密に言えば役に立つ近似でしかありません。境界条件や場合分けが既知の場合はできる限り併記していますが、全ての例外をカバーしているわけではありません。つまり、必ずしもそう言い切れないものばかりです。そうした折り合いがつけられない方には向いていないと思います。

有名なパレートの法則も上位20%が売上の80%を占めるは言い過ぎ。実際、1年スパンだと50~60%程度。上位20%が売り上げ全体の80%近くを生み出すというのは、相当長いスパンで捉えた時の話であるというのをエビデンスは示しています。

更に、マーケターが信じるブランドロイヤルティに基づいて消費者は購入するというのも幻想で、ことレパートリー市場と呼ばれる消費財に関しては、レパートリーの中から確率論でブランドが選択されると指摘します。

自社ブランドが消費者のレパートリーに入っている限りは、次に選ばれる可能性もあるわけです。1回1回の選ばれた、選ばれなかったはただの抽選結果であり、離反ではありません。本当の離反はレパートリーに入らなくなること、抽選すらされなくなることです。

想起集合とも呼ばれるレパートリーに入っていることが重要で、1回1回の抽選結果に一喜一憂するのは無意味であるということです。

差別化についても、マーケターのこだわりは、ほとんど消費者に伝わっていないと指摘します。消費者の多くは差別化に気づいておらず、差別化されているという認識がなくともブランドを選んでいます。

買うべき理由で購買行動が起こるのは、ブランドを想起できる既存顧客やカテゴリーのヘビーユーザーだけであり、カテゴリーに興味のない未顧客に差別化や買うべき理由の説得を試みても徒労に終わるということをエビデンスは示唆しています。

一般に生活文脈と切り離されたところで形成された態度によって行動が決まるのではなく、文脈における態度で行動が決まります。従って、カテゴリーを利用する文脈でブランドがどんな価値を提供するのかを想起させることが肝要です。

そこで、カテゴリー需要が発生し、購買プロセスが始まるきっかけとなる思考や文脈、すなわちカテゴリーエントリーポイントという考えが重要となります。

大前提として、消費者は認知ではなく想起で商品を購入します。従って、多くのカテゴリーエントリーポイントと結びついている、間口の広いブランドほど想起される総回数が増え、結果的に選ばれる確率が高くなります。

コミュニケーション設計において大切なのはカテゴリーエントリーポイントで消費者が見たいものを見せること、すなわち欲求に駆動されたゴールを見つけ、そのゴールに対する価値としてブランドを提案することと言えるでしょう。

従って、広告にも企業が考えた買うべき理由を説得するのではなく、購買文脈に置かれた消費者が、自分なりの買う理由を思いつく導線としての役割が求められます。

広告を見た時に、消費者がブランドに自由に意味づけできること、消費者側に理由づくりを任せる余白があることが重要なのです。

所感

本書の中でも繰り返し出てきますが、本書で提示されている内容は、あくまでエビデンスが示す大きな規則性であり、役立つ近似ではあるものの、すべてがそう言い切れるものばかりではありません。

正直、私自身がこれまで学んできた理論と相反することも多く、受け入れがたい部分もたくさんあります。

また、先の日経クロストレンドの記事でトライバルメディアハウス代表の池田紀行さんも指摘されていますが、マーケティングの基礎理論を知らない人には理解が難しく、逆に、本書の内容を妄信すると視野狭窄に陥るリスクがあると。

私も、全く同意です。コトラー、ポーター、ドラッカー等の古典的な理論は理解した上で、本書で紹介されている規則性を学び、状況に応じて適切に使い分けることができることが理想と考えます。

■動画版は、こちら。







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