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戒名をいただいた話

2020年7月、友人である浄土宗の僧侶から戒名をいただいた。
正しくは、道号・戒名・位号をつけていただいた。

なお、いわゆる「戒名」とは本来、授戒会を受けた方がその証に授かる仏弟子(ぶつでし)としての名前であって、死後、葬儀の際に贈られるのを本義とするものではありません。
浄土宗公式サイト|授戒会 から抜粋

ということで、本来は生きている間に授かるものであるということで、元気なうちに準備するのは、実はそんなに特別なことではない。

さて、なぜ戒名を準備しておこうと思ったのか。それも友人の僧侶にお願いしたのかを話していこう。長いよ。

きっかけは2019年夏に父を亡くしたことにある。
父は私が子供の頃から海への散骨を望んでいた。
家長制度の厳しい家柄の中で、長男である父がそんなことをおおっぴらに言うことは許されなかった。

「死んだら墓には入りたくないから、海に撒いてな」
その言葉は親類縁者の中では、私が最も長い期間、父から繰り返し繰り返し聞いた言葉となった。

そのため父の病状が悪化してまともに話せなくなった頃、ふと正気に戻った瞬間に確認をした。私が確認しなくてはいけないと思った。

「お父さん、海に散骨して欲しい?」
「(かすかに頷く)」
「天草にする? 大阪がいい?」
「……おおさか」

天草はすでに他界している母の故郷である。
過去には天草の海にと言っていたこともあったが、いざ死に直面したときには、やはり長く過ごした土地を希望するものなのかもしれない。

かくして、父の希望で家族葬となり、一段落したら散骨をということになった。

しかしそこで問題が起こった。

両親ともに看取れなかったことや、父に至っては散骨希望でお墓もなく戒名もないことで、妹弟、特に妹は結構な負担を抱えてしまった。
散骨を行ったあと、どこに向かって故人を偲べばいいのかということで心のバランスを崩してしまう人がいるという事例は聞いたことがあった。

妹は私より10歳、弟にいたっては12歳も年下である。
父と過ごした時間、散骨をするのだという希望、それを行う覚悟。私よりも妹弟がつらいのは想像するに難くなかった。

父が亡くなったときに、浄土宗の僧侶である友人が遠くでお経をあげてくれたことを聞いた。とても嬉しかったし、何より妹弟がとても喜んでいた。

「お父さんはお経を読んでいただいて、極楽浄土に行ったんよ」と言えることの、なんと心安らかなことか。

で、あれば。「お姉ちゃんは死んだら極楽浄土にゆくのよ」ってちゃんと戒名を用意しておけば、少なくとも私の分は負担を増やすことにはならないかなと考えた。
あと2~30年もしたら使うものだし、準備しておいても損はない。

お経をあげてくれた友人に「戒名をつけていただけないだろうか」と相談したところ、「じゃあどんなお名前がいいか、相談しましょっか」と快く引き受けてくれた。

「こういう風に僕は戒名をつけますよ」「どんな字を使いたいですか?」「好きな季節や花なんかも良いですよ」と丁寧なヒアリングをしてもらった。

その結果、私は「英越笑容信女」という戒名をいただいた。
良い名前だなあと惚れ惚れする。

本名から英、そこから仏教用語の『英越』。

英越とは「『すぐれていること』です。特に他の人よりすぐれていることを意味するみたいですね。『出三蔵記集』に用例があるそうです。たぶん、三蔵法師が人より優れているさまを表すのに使われているのだと思います」とのこと。

越という文字も、「こえていくとか垣根がないという私のイメージにも合うね」ということに。

次は笑ったり笑わせたりするのが好きだし、「笑」っていう字を入れたいというリクエストをした。「確かに笑ってるイメージ強いし、いいですね」と言っていただいて嬉しかった。
提案していただいたのは仏教用語の『笑容美語』から取った『笑容』。

『笑容美語』は菩薩をあらわす、『笑みを浮かべた顔で、優しい言葉を話す』という言葉(それを聞いて、もっと優しくならなくてはと思った)。

その後「英越笑容信女」にするか「笑容英越信女」とするかで悩み、語呂や私のイメージから前者となった。

結果として、連想する言葉に名前のもう一文字も含まれていて、何一つ文句のない戒名となった。死ぬ前に相談しながらつけていただいたからこそである。

日本は葬儀になって初めてお寺さんとのつながりが……ということも多いが、生きてるうちに戒名をつけるっていうのは、思ったよりもなんかこう、背筋が伸びる感がある。

これからは、戒名に恥じない生き方をせねばと、ピシッとした。
死んだ人につける名前ではなく、生きていくための名前を得たのだ。

南無阿弥陀佛。
これからはお念仏を唱え、いただいた名に恥じぬよう人にやさしく一生懸命に生きて、あとは極楽浄土に行くだけである。

妹、弟よ。姉は遠く離れた土地で頑張って猫と生きているよ。

……そっか。実は両親のことで一番参っていたのは私だったんだな。

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