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夜更けの味に思い出す

上京して20年、気づいたらもう地元で過ごした時間よりも長くなっていた。

今年、両親は共に営んでいた商売を畳んだ。まだ体力があるうちに、辞めたのだ。我が子のような会社を締める思いはどんなものだろう。

今年も盆休みに実家に帰った。両親に「お前の部屋にあるいらないものも捨てるなりしろ。」と言われたので、自分の部屋の整理をした。僕が中学生の頃に書いた、10年後に宛てた手紙という作文が出てきた。

ああ、確か卒業前に書かされたっけ。もう10年どころか20年以上経ってる。

「高校に入って勉強して大学に入る。そしてまず就職して家業の業界を学んでると思う。絶対社長になる夢を諦めるなよ。」

結局、継がなかったな…10年前に読んでたらちょっと違ったかなぁ。

歴史に「If」はないというけれど、それは人生でも同じこと。それでもふと考えてしまう。でも、後悔とは異なる感情。

親から家庭菜園で育てた大量の野菜と煮物を貰って、家に帰る。

まだ元気ではあるが年老いてきた両親。一昨年母方の祖母が無くなり、父も70代、「死」というものを意識していたように感じた。

きっと心の底では実家に帰ってきて欲しいのだろう。お互いに明言はしないが会話の節々に感じることもある。

都内、共働き。その収入に匹敵する仕事は地元にあるのだろうか。子供が将来都内に進学するとなった場合、一人暮らしの費用を負担するよりは都内で生活して家から通った方が費用も安い。

だけれど、子供が風邪をひいた時なんかは、両親がすぐ近くにいないため、修羅場もいいところだ。どちらが会社を休むのか、いつ子供は治るのか。

僕らの都合で子供にも我慢させていることはあるだろう。

常に誰かが身をすり減らしているような感覚。

それならば実家で誰かしら面倒見てくれる人がいる中、のびのび暮らした方が幸せではなかろうか。両親もいつ体を悪くするかわからない。

だけれど、結局それも僕の都合で、家内は両親と暮らすことにストレスもあるだろう。

全ては「If」でしかない。過去と未来の「If」。

考えて選ぶのは、結局現状維持・・・

その日、次の日も休みだったので、少し夜更かしをした。

最近は子供もいるので、すっかり夜更かしもしなくなった。寝かしつけで一緒に寝て、子供と共に朝起きる。健康的だと思う。

だけれど、その日は少し寝るのが勿体なく感じた。

グラスにビールを注ぐ。

ここしばらく、子供が倒すといけないからめっきり活躍しなくなった薄はりグラスだ。

人生経験を一つ自慢できるとしたらビールを注ぐのが上手くなったくらいか、なんてどこか自嘲的に思ってしまうほどよく注げた。

まずはごくりと一口。口当たりが良くて、ビールの爽快な炭酸を良く感じられる。

一息つくのに、これほど相応しい飲み物って中々ない。

大人のビターさからちらりと覗く、少年時代の麦茶の味。

おつまみは、実家から持ち帰った筑前煮。

甘辛い味わいがビールと合う。

昔はご飯のおかずには考えられなくてがっかりしたこの煮物だが、今ではお酒は勿論、ご飯でも全く問題なく合わせられる。

そういえば昔、朝、晩御飯はカレーって聞いていたのに夜、筑前煮が出てきたときは本気で怒ったなぁ。

人参、ゴボウ、こんにゃく、レンコン、筍、絹さや、椎茸、鶏肉。改めて見ると様々な具材が入っている。具材で言えばカレーより手がかかってる。色々食べられるようにと、母の愛情だったのかな。

具材はそれぞれ食べてもいい、複数口に入れてもまた良い。今の僕、筑前煮、好きだなぁとしみじみ思う。あと何回この味を食べられるのだろうか。

いつの間にやら筑前煮が終わり、少し残っているビールを飲み干す。満足だ。40手前にもなると、夜更けの晩酌ならこれくらいの量が調度いい。

もう時間はAM2:00、寝室へ向かう。

飲む前にはあれほどの悩みを抱いていたが、気づいたら少しだけ前向きな気分になっていた。

夜中に物事を考えるのは、後ろ向きになって良くないと思うけど、食は生きようとする意志の表れだ。たまには夜更けのおつまみも悪くない。

子供の寝顔を見る。家庭、仕事、将来…色々悩みは尽きないけれど一生懸命やれば何とかなるかな。

まずは、このお腹周りの肉をなんとかしなきゃな。

子供の運動会に向けてダイエットでもしよう。

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