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京都 五条楽園『サウナの梅湯』①〈サウナデビュー 洗脳編〉

真夏の京都、宵々宵山の四条通はのぼせるような熱気。京都の夏って本当に暑いんですね、それは祭の熱気なのか、盆地だからなのか、理由はこの際なんでも良いけれど、これでは身体がえぐれてしまいそう。でもせっかく来たのだし、ぐっと堪えてバスに乗る。バスの窓から山鉾が並ぶのが見えた。それから町の人々が頬を上気させてスタスタ歩くのも。浮き立つような町の華やぎが羨ましくて、やっぱりえぐれそうになる。

京都には去年も来た。秋だった。観光らしい観光はあまりせず、川沿いをぶらぶら歩いたり、喫茶店に入ったりした。その前に来たのは中学の修学旅行で、あまり記憶がない。今回は行ったことのない所へ行こうと思っていた。でも、1か所だけ、どうしても再び訪れたいところがあった。

それはお風呂やさん。清水五条にある「サウナの梅湯」さん。古くからある銭湯で、いよいよ店じまいとなってもおかしくない状況の中、最近になって私と同年代の方が経営を引き継いだのだと何かの雑誌に書いてあった。京都に行ったら絶対に行きたいと思っていた場所で、その念願は去年叶ったわけだが、直前に立ち寄った祇園の街で酔った男性に絡まれ大苦戦、逃げるべく捕まえたタクシーにまでくっついて乗ってこようとする初対面の男に、「どうしても今夜行かなければならないところがあるので」「一緒に行くと言われてもそれは風呂屋なので」「風呂屋は結局男女わかれるので」など事情を話しなんとか説得したものの、大幅なタイムロス。お陰様であんまりゆっくりお風呂に浸かれなかった。風呂屋に行くからと告げたときのあの男の、まん丸にした目をスムーズに冷笑の目に移行するのが憎たらしく、未だに忘れられない。

そういうわけで悲願の再訪。レトロな建物にはカラフルな電飾看板が灯され、のれんも色鮮やか。風鈴が風に鳴り、軒先に置かれた蚊取り線香の匂いが漂っている。番台で入湯料430円(サウナ追加料金なし!)と、レンタルタオル代60円(1枚30円で、2枚お借りした)を払い、木札タイプのレトロな靴箱に靴をしまってロビーに上がれば、なんだか懐かしい気持ちになる。時間はまだ18時ちょいと過ぎ。今度こそ余すことなく堪能するぞと張り切って女湯へ。

余すところなく。サウナの梅湯さんに来て何も余さないのだとしたら、サウナに入らなくちゃいけない。実は、つい最近までサウナというものへの興味関心が皆無だったもので、前回来た時はサウナになんて見向きもしなかった。でも今回はむしろサウナに入りにきたと言っても良いくらい。

なんでまたサウナに興味が湧いたかといえば、これは〈サウナーによる布教〉を受けてしまったからだ。男の影響でマニアックな音楽趣味を持つようになった女みたいで情けないけど、まあそんなかんじだろう。

師は頻繁にサウナを訪れては、サウナに何の興味もない私に、

「今日もサウナに行って、ガチガチにととのったよ!」

「ととのうと、ちょっとしたトランス状態になって、ディープリラックスできるんだよ」

「ととのうと、こんな顔になるよ→🤤(よだれを垂らして目をひんむいてる絵文字)」

「いいサウナがあるらしいから、ちょっと名古屋まで行ってくる!」

と説いた。はじめは「トランス状態になる? 整うどころか支離滅裂になってない?」と意味不明に思っていたけれど、あまりに幸せそうに話すのでだんだん私もその〈ととのい〉とやらを経験してみたくなってきた。すると師は、

「今度、サウナでのととのいについてちゃんと教えるよ!」

と言って、実際に喫茶店で懇切丁寧にサウナの楽しみ方を教えてくれた。以下はその要約である。

①まず、サウナに入る3時間前からは食事や飲酒をしないこと。かわりに、水をよく飲んでおくこと。
②現場に入ったらまず身体と髪を洗い、まっさらになっておくこと。
③そして身体をよく拭いてからサウナに入る。時間は10分くらいが目安だが、最初は6分くらいから徐々に伸ばして身体を慣らすとよいこと。
④サウナから出たら汗を流してから水風呂に入る。水風呂ははじめこそ冷たいが、不思議なことにだんだんぽかぽかとしてきて、まるで水の中で見えない衣を纏ったかのような感覚に陥ること。
⑤サウナーたちはその幻の衣装を〈羽衣〉と呼びこよなく愛していること。
⑥しかし〈羽衣〉は長くはそこになく、儚くも次第に崩れ去ってしまうこと。
⑦羽衣が崩れ去ってしまったら水風呂を後にし、身体をふいて〈休憩〉に入るが、この〈休憩〉こそが最も重要なひととき、〈ととのい〉のステージであること--。

で、適度に水分補給をはさみつつ、この「サウナ→水風呂→休憩」の流れを1セットとして3セットほど繰り返せば完璧。心も体もすっきり大満足、最上級のリラックスおよび謎の無敵感を味わうことができるという。

話に聞いてみるとサウナとはなんて魅力的なのだろうとすぐに思ってしまった。サウナなんてどうせ狭くて暑くて暇で、汗まみれのおじさんがポンポコリンのお腹とハゲ頭から同時に湯気出してる意味不明スポットだと決めつけてばかりいたが、そんなことないんじゃないか。お腹や頭から湯気を出してる人もそれなりにいるかもしれないけれど、効率的に汗を流し、身体の中からデトックスして、身体中の血液をぐるぐる回しては水風呂でビシッと引き締める、なんとも美容と健康に良さそうなコンテンツなのではないか。こんなことは何も別にわざわざ人から伝授されなくても自分の頭でちょっと考えれば分かったはずなのに、今までサウナに見向きもしなかった私の脳みそってナスなんじゃないか、と。こういうのを洗脳と呼ぶのではとも思ったが、もうそんなことはどうでもよくなっていた。

話は梅湯に戻る。広くて明るい脱衣所で服を脱ぎ浴場へ入ると、5〜6人の先客がいた。皆近所に住んでいる常連さんのようだけど、あまり会話はなく、各々淡々と身体を洗う。髪を洗う。湯船に浸かる。出て行く時や、後から顔見知りの人が入ってきた時だけ「お先に」「こんばんは」と短い挨拶を交わすくらいで、とても静か。湯の流れる音と、桶やらなんやらがタイルにあたるカコーン、という音が高い天井にただ響いている。

入って左側の壁に身体を洗うスペースが並んでいる。数はさほど多くはない。中央に建てられた壁にも3人分くらいのスペースがある。レバー式のシャワーを初めて見た。シルバーのシャワーヘッドが鏡の上からにょろっと出て首をもたげている。

真ん中あたりに陣を取りまずは身体と髪を洗う。シャワーの水圧も温度も良い塩梅。カランはお湯と水のボタンが分かれているやつ。桶はケロリンのやつがある。ケロリンの桶があるとちょっと嬉しいのはなんでだろう。

身体を洗っていると、こんばんは、と言って隣にお姉さんが座った。西の訛りのこんばんは、だった。こんばんは、と返すと、また静かな時が流れだしたが、残念ながらそれも束の間、いきなりすごく騒がしくなってきた。
男湯。
男湯がうるさい。たぶん若い兄チャンが3〜4人で来てはしゃいでる。ひとりが大きめの声で歌い出すと他の奴らも一緒に歌い出すし、ハモるのに失敗したのかなんだか知らないけどグダグダになってへらへら笑ったりしてる。笑ってごまかすんじゃないよ。やかましすぎる。何より嫌なのはこんなにうるさいのにお風呂ならではのエコーがめちゃめちゃかかっていて、女湯からは何を喋ってるんだか何を歌ってるんだかもよくわからないということ。ああモヤモヤする。でもこんなことに気をとられていては折角のお風呂が台無し。気にしないことにして洗髪に集中することにする。でもすぐ無理になった。男湯のノイズはなんとか私の中でキャンセリングできたが、あまりのうるささに隣のお姉さんが小声でぶつくさ文句を言い出して、それはもう気にせずにはいられない。さっき優しく挨拶してくれたお姉さん、何度もため息をついては、「ハア、やかましいわぁ」「ほんま、ちょっと黙ってくれへんやろか」みたいにずっと言っている。怖い。気持ちは同じだけど。

サウナの扉は入り口からいちばん遠い右奥にこじんまりとあった。でもまずはとりあえず湯船につかることにする。浴槽は右側の壁沿いに広めの浴槽がまず2つ。片方がジェットバスのようだ。この2つの浴槽の間には小さな噴水みたいなのがあり、まあるく水が噴き出している。くらげが浮かんでいるみたい、と思う。それかチョコレート・ファウンデン。いちばん奥には水風呂。サウナから出てすぐ入れるような位置にある。入り口側の壁沿いには薬湯と電気風呂もあったけれど、こちらは常連さんが入れ替わり立ち代りに浸かっていて入れず、見ただけ。

ジェットバスに浸かりながら噴水のくらげを見ていたらいつの間に男湯も静かになっていた。不服そうだったお姉さんも穏やかに髪を洗っている。男湯と女湯を隔てる広い壁には、スタッフの方が執筆したお風呂やさんコラムのようなものが掲示してある。毎月発行しているようだ。読むと、日本全国のいろんな銭湯に行ったりして熱心に研究を重ねているみたい。銭湯への熱い情熱が見てとれる。湯船のお湯も心なしか熱めだ。

熱い湯に浸かりながら広く高い屋根や掃除の行き届いた床などのタイルを見ていると、いいところだなぁとほかほかした気持ちになってきた。立地が謎だけど(元赤線地帯なのかまわりに潰れた遊郭みたいなのがたくさんある。そのへんの再開発もゴリゴリすすめてるのかめちゃくちゃゲストハウスを建てている。おやくざさんみたいな激シブなおじさまをちょいちょい見掛けるなと思ったら梅湯の隣がそういった拠点らしくどうやらほんとうにその道の方。など)また何度でも来たい。

湯船で身体があたたまったところで、ついにサウナの扉を開ける。すべての始まり。でも長くなってしまったので、刺激的な続きの話はまた次回。よい思い出の記録は、つい長くなってしまう。

写真:去年の秋にはじめて梅湯を訪れた際、Googleマップにここを通れと指示されてびびった橋

#サウナ #サ道 #銭湯 #サウナー #京都







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