見出し画像

人の記憶のなかを記録する。~南国の立志編~

その日、僕はポップと名乗る友人と久しぶりに街に出た。25年に渡り熟成された空気は、お互い牽制するわけでもなく、それはいつものように静かに始まった。

「君が携帯をサイレントにしてるのは知ってるさ。この時間を無駄にしたくないからだね。でも物事にはタイミングというものが存在する。君は今携帯を開くべきタイミングなんだ」

僕は、ポップに促されるままカバンに閉まってあった携帯を取り出し確認することにした。それはこの先へ続く物語になることは知っていたのだが、それを口に出すほど野暮な相手ではなかった。

携帯に通知されていたのは、大量の写真だった。

「なぁ。今から話すことを記して欲しい。俺がそこに行った証を残して欲しい。それをお前なりの理由でね」

僕は、写真を一枚一枚、慎重に確認しながらその意味を聞いた。

「なるほど。物語にするには少々時間がかかりそうだ。なにせ僕の記憶ではない。これは君の旅の記録だ。僕は別に書いても構わないさ。君が40歳を超えて1人で旅立ち何をして何を感じたのか知りたいからね。そこに含まれるのはあくまでも事実だけじゃない。それが僕だ。そういうことだろ」

ポップは、時を戻す昔ながらの笑顔を向けてこう言った。

「真実をありのままに書ける人がいるなら読んでみたいさ」

僕は、ポップのそういうところが好きだった。本を年間一冊も読まないのに確信めいたところをついてくる。つまり、僕がどう書こうとしてもポップがそれを読むことはない。だけど僕に記して欲しいという。

そういう関係なだけだ。

「まぁ。そもそも最近の君を見て旅に行った方が良いって助言したのは僕だからな。当然その責任を取る必要があるとは思っているよ」

それは、自営を親から引き継ぎ、緊張の連続のなか、ポップの無理をした働き方は、友人として見ていても辛くなるくらいだった。

手伝える範囲で手伝ってはいたのだが、軀にも精神的にも疲弊している姿を見て、珍しく本人の口から「ゆっくりしたい」と言われたからだった。

お互いに家族を持ち、仕事をしているなかでもお互いに弱いことを充分に知っている。幸いにポップの家族は、ポップの一人旅を許してくれる環境にあった。皆ギリギリなのだ。

「1つ条件がある」

僕が話そうとした時だった。レモンサワーのメガジョッキを飲み干し僕の言葉を遮り、ポップはこう言った。

「わかってるさ。お前の言葉を借りるなら、今のお前を見て行った方が良いって助言出来るのは俺さ。2時間だ」

「2時間。悪くないね。この仕事引き受ける」

こうして僕は、彼の旅を記す引き換えに、僕の大賞受賞記念とポップの一人旅の帰還を祝して夜の蝶と遊ぶという選択をした。

お互いに家族を持ち、仕事をしているなかでもお互いに弱いことを充分に知っている。そしてお互いに女性が大好きなことを知っている。欲望と矛盾のなかでどっぷり生きている。

「君たちが生まれる前から仲良しなんだよ」と言った記憶がうっすら残っているのでおそらく、20歳前半なのだろう。

これは、記憶を失くした2時間と記憶を辿る物語である。

なんのはなしですか

ポップは、飛行機内で「トップガン」を見ながら、なんとなくこれこそ正しい飛行機の乗り方だと思いながら3時間をかけ直行便で石垣島へたどり着いた。

到着した空港で荷物が出てこないハプニングがあった。

ポップ42歳。空港で本名をアナウンスされカウンターに行く。ラベルシールが切れてしまい、最後まで誰のか分からなかったらしい。

本名確認を無事に終え、最後の一人になり久しぶりの一人旅をする。

僕は、人の記憶を辿りながらその記録を記す旅に出ることにした。

そうは言っても、続きを書くとは限らない。

この記事が参加している募集

#ほろ酔い文学

6,050件

自分に何が書けるか、何を求めているか、探している途中ですが、サポートいただいたお気持ちは、忘れずに活かしたいと思っています。