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1997.3.28Mr.Chidren@東京ドーム

morphtheM

Mr.Children TOUR "REGRESS OR PROGRESS" '96~'97 FINAL

今年(2022年)ミスチル30周年ということで最近露出が多いわけですが、90年代~2000年前半かなりライブに行って聴いてたことを思い出しました。

近所のgoenでもミスチル企画展をやってて行こうと思うが大行列で入れなさそう。

桜井和寿は泣いていた

Mr.Children TOUR "REGRESS OR PROGRESS" '96~'97 FINAL

この日が無期限活動休止前の最後のライブとなった。
アンコール最後のBOLEROを歌い終えてドームのモニターに映る桜井は壮にボロボロだった。
泣きながら観客に何度も別れを告げバックステージに戻る
桜井の後から続く鈴木くんは笑いながらバックに流れるEverythingのドラムフィルのリズムに合わせ腰をツンツンしてふざけていた。
桜井のそばに鈴木くんがいてくれて良かったと思った。
鈴木くんの振る舞いに観ていたこちらは救われた気がした。
桜井くんの傷みぶりにもうミスチルやらないんじゃないかと心配していたが、もしかしたらまた活動再開できるんじゃないかとなんとなく思えた。

ジェン(鈴木くん)は笑っていた

ここのところのミスチル周年露出(現在2022年)でよく取り上げられる、ミスチル特有のラストサビ前のドラムフィルでおなじみのJENこと鈴木くん。

このライブのエンディング、モニターに映った袖に戻る彼の顔はメンバーで唯一笑っていた。

優しい男なんだと思う。2002年に桜井の小脳梗塞で休止した際も、鈴木くんは復帰を焦る桜井を無理させぬよう「もっと休みたい」と言って再開を遅らせたという話は有名だそうだ。

「Mr.Childrenという虚像が独り歩きしていた。あまりにも忙しい状況が何年も続いてメンバーみんな精神状態が良くなかった。
一緒にそっちのほうに行ってしまったらまずいだろう、音に刺激されるように明るく、というかいい興奮状態でいたかった」
というようなことを『深海』の制作前後のMr.Childrenの状況を鈴木くんは何かのインタビューで語っていたと思う。

セットリスト

アルバム『深海』の全曲演奏を含んだセトリ。
昔のことなのでこのライブの1曲1曲のシーンは覚えてないが、90年代前半の大ヒット曲がほとんど入っていないことが彼らの93年からのいわゆる「ミスチル現象」の終焉を望んでいたのであろうことが想定される。

旅人
ラヴ コネクション
虹の彼方へ
幸せのカテゴリー
傘の下の君に告ぐ
Round About 〜孤独の肖像〜
Dance Dance Dance
抱きしめたい
my life
Dive
 ※ここからアルバム『深海』の全曲演奏
シーラカンス
手紙
ありふれたLove Story 〜男女問題はいつも面倒だ〜
Mirror
Making Songs
名もなき詩
So Let's Get Truth
臨時ニュース
マシンガンをぶっ放せ
ゆりかごのある丘から

花 -Mémento-Mori-
深海
 ※ここまで『深海』全演奏
Brandnew my lover
タイムマシーンに乗って
everybody goes -秩序のない現代にドロップキック-
ALIVE
Everything (It's you)
 ※アンコール
シーソーゲーム~勇敢な恋の歌~ 
ボレロ (encore)
 ※曲の最後にスクリーンに「THANK YOU」の文字が映し出される。

90年代のMr.Children

90年代のミスチルは凄まじかった。
1992年のメジャーデビュー以降、1993年リリース『CROSS ROAD』のミリオンを皮切りに、『innocent world』が200万枚、その後の4thアルバム『Atomic Heart』は343万枚、そのぐすぐに『Tomorrow never knows』という名曲をリリースしまい276万枚というミスチル最大のヒットを生んでしまう。その後のリリースもミリオンミリオンダブルミリオンという感じで、1996年の『深海』までの数年でこれだけの事象を生み出し「ミスチル現象」と呼ばれた。
カラオケボックスではどの部屋でも『抱きしめたい』や『シーソーゲーム』が歌われ盛り上がっていた。一方で桜井は「死にたい」を半ば公言し、もしかしたらミスチルの最後のアルバムになるかもしれない『深海』をリリースした。シャッフルで聴いてはいけないアルバムである。

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太極拳ののじじいが起きる前に朝焼けを運んで帰ろう