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ちょっと嫌われるくらいがちょうどいい。



 ときどき、ゲイバーで、あたいの悪口を耳にする。


 あたいの悪口ーーと言っても、もちろんそれはあたいという人間自身のことではなく、『望月もちぎ』というキャラクターについてだ。


 悪口の論調としては、

「あたしあのオカマ嫌いなのよ。テレビに出てる◯◯と、Youtubeの◯◯ってゲイ2人組と、あともちぎってやつ」

「あ〜ヤダめちゃわかる〜」

「あいつら調子乗ってるよね〜」

 ……というような感じで、ゲイバーにありがちなゴシップトークくらいの軽いモノだ。ゲイバーはだいたい身内ノリや業界内の話で盛り上がるので、そういう悪口とか噂話は聞き慣れたもんですわ。

 その手の話題でよく挙がるのは、やっぱりゲイバー業界で働くプロのゲイ(ママや店子)や、ゲイTwitterで有名な一般人ゲイだろう。

 一緒に飲みに来ているゲイや店側のゲイとともに語らうためにも、知名度に関わらず共通して知っている人間を取り上げることが多いので、コミュニティによっては(悪い意味での)有名人はガッツリ異なる。

 あたいが働いてた店ではカウンター全裸おじさんとか、ボックスシート失禁弁護士とかいたけれど、みんなそんな人……知らないでしょ? ね?


 そして次いで一般向け営業(テレビやYoutubeなどの媒体で活躍する方々)やメディアに取り上げられているゲイ(ドラァグクイーンやLGBT活動家など)をしているゲイの名前を挙げて、それで数分悪口を言って盛り上がる程度だ。

 すべてのゲイバーでそうってわけでは無いのだけれども、でも少なくないゲイバーでは大体の有名人が嫌われているか、好かれてなくても「でもブスじゃん」みたいな切り捨てられ方をするので、良いように言われる人はあんまりいない。

 もちろん店にもよるけど、「とにかく自分たちが最高で、他の人間は貶すのがうちらオカマ」みたいなことが面白いと思ってるコミュニティは存在するので、あたいはあまり近づこうとは思わない。


 ただ、あたいの行く店でもお客様は多種多様なので、そういうアグレッシブ(攻撃的)な噂話でついつい盛り上がっちゃう人も多い。まぁ人の楽しみ方は人それぞれだから、あたいは咎めないけれど、あたいの名前が出てきたときは少し耳を傾けてしまう。

 先に言っておくけどあたい自身には一般的な知名度が無い。

 せいぜいTwitterなどネット媒体でのごく一部で名前を知ってもらっている程度だ。それでも絵を見せてようやく漫画を目にしたことがあるという程度だろう。

 けれども、ゲイ風俗やゲイバーでの経験をエッセイという形式で書き残す執筆・発信をしている活動内容ゆえか、少ない知名度の割にはゲイの人たちにのみ限定してなんらかの印象や所感や、あるいは見覚えを持ってくれていることが多いと感じる。

 でももちろんそれは良い印象だけではない。いやむしろ「もちぎのことめちゃくちゃ好きです」と公言しているゲイは少ないと思う。


 ゲイの世界はマイノリティゆえに秘匿性と村社会化のリスクが高く、そして狭い業界なので他人からの認知が命取りになるようなことが多い。

 これを村社会もとい、マラ社会と呼ぶ。
 ごめんそれは嘘だ。

 けれど一度ついた噂や評価で立場が失墜して、実質的に二度とゲイの世界に戻ってこれない、というような《小さな村八分》は実際に存在する。

 なので、そういった業界であるがゆえにやや性質的にミーハーを嫌うところがある。

 たとえば有名ゲイをもてはやす行為や、ゲイ業界から飛び出たのにゲイとして一般向けの営業や仕事を行っている人間をリスペクトするのは揶揄される風潮が一部にあるし、ミーハーな人間ごと忌避される空気感も存在する。それを足を引っ張る文化とまでは言わないけれど、妬み嫉みでは片付けられない苛烈な感情で、ある意味できらびやかな世界に見えるのはあたいの贔屓目かもしれない。



 特にあたいの場合、今まで秘匿化されて日陰にあったゲイ風俗の世界にスポットライトを当てたり、ゲイバーの舞台を描いた作品でバズったこともあって、かなりゲイ業界からの批判や反発があったと、ここではキチンと明記したい。

 ルポやエッセイは敬意を込めなければ、ただの暴露や晒し上げになる。そのことをゆめゆめ忘れてはならない。あたいもそれを忘れず発信をしているつもりだったけれど、まだ人として至らないがゆえにそのような批判があったのだと思う。


 余談だけど「ゲイの世界を売ったから」「本当のゲイじゃない」という主旨での犯罪予告も多かったし、2年間毎日誹謗中傷のメッセ送ってくるゲイの方もいたし、ゲイバーでもちぎだとバレた時にはあたいのお酒にタバコの灰がらを入れられたり、飲み屋のビルの非常階段で背中を蹴られたりもしたで。

 けどその気持ちもよくわかる。
 あたいも昔はゲイ風俗でボーイしてた時、メディアに取り上げられてるゲイのこと、ちょっと疎ましかったもん。

 ノンケ(異性愛者)の顧客や視聴者向けに明るく切り取ったゲイの世界の発信や、ユーモアと明るさと強さを兼ね備えたそのあり方に、なんか勝手に嫌な気持ちを持ってた。

 そしてそういう脚光を浴びてる人間の表向きの姿しか知らず、まだまだあたいも想像力が乏しい時期だったから、なんとなく「有名人なんてふつうの人の心を知らないんだろうな」なんて偉そうに思っちゃうこともあった。相手も過去を持って生きてる生き物なのにね。そんな当たり前の視点が、有名人を見る側のあたいも欠如しちゃってたのかもしれないわ。


 なのであたい自身も、そういう気持ちは分かるからこそエッセイを始める前からも心掛けていたことだけれど、《とにかく自戒をしよう》と思った。


 あたいのエッセイの場合、自分事だけではなくゲイの業界のことも論う社会的ルポに近いものでもあるのだから、

「今現在もゲイの世界で生きる人たちに迷惑をかけないように。そしてもしも良い反響があったとしても自身の力だと思わないように調子に乗らず頑張ろう」

 というように心がけて発信していた。

 なんせ先人の方々が作り上げてきたゲイタウンという世界で得られた経験は、街を構成して存続させてきたすべての人々のおかげだし、それが作品として残せたとしてもそこにあたいの力は介在しておらず、(さまざまな意味を込めるが)時代のおかげだと言わざるを得ないものだから。



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ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

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