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ゲイバーで他のお客から「嫌いな奴が来たし、アタシ帰ろーっと❗️」って大声で言われた話。



 久しぶりに友達と後輩とあたいの同い年ゲイ3人でばっこりとゲイバー巡りをしていた時のこと。

 深夜。4件目か5件目で入った店で、問題は起きた。

 店に入った途端、客として飲んでいたとある一般ゲイ(“一般“とは店子などをしていない方のこと)が、あたいを見るなり、

「あー! アタシの嫌いな奴が来たから帰ろーっと! ママ、チェックで❤️」

 と大きな声で言って、財布を出してカウンターでふんぞり返ってた。

「そう? 今こっちも(ドリンク)頂いたばっかだけどいいの?」とママが問いかけると、そのゲイは、

「うん、仕方ないじゃん、ほんとはゆっくりするつもりだったけど……ほら(チラリとあたいを一瞥)あいつがいるとお酒もマズくなるしー? キャハ。またすぐ来るねー❤️きょうはありがとー💕」

 と、ママに捲し立てると会計を済まし、颯爽と店を去っていった。

 もうあたいはびっくりパンナコッタ。

 他のお客さんも「なになに? やだ、ケンカ?」みたいな不安な目で見てくるし、ノンケのグループ客は「すげー❗️本物のオカマのバチバチした瞬間見ちゃったw」ってちょっと沸いてた。意図せぬ展開でフロアを沸かしちまった。不服。

 そしてあたいの連れ二人とママは「あらあら」と言った顔をしながら、「ま、飲みますか」と言って、なにも無かったかのように飲み直しを始めた。



 この件は、唐突に知らない人から誹られたのではなく、以前から見知っていたゲイから目をつけらていて、あからさま敵視されている事案である。ちなみにあたいは彼を認知はしているが敵視していない。

 
 くだんのその彼とのこういった関係というか、因縁がつけられてしまった原因となる出来事は随分前のことになる。あたいがまだゲイバーで店子していた頃まで遡るので6年以上も昔のことだ。

 その日は、あたいはゲイバー勤務中だった。懇意にしてくれているお客様が「外出しよう」と言ってくれたので、店も暇そうだったしママにお願いして許可をもらってから、同伴して他店のゲイバーに飲みに行っていた。あたいが働いていたゲイバーと同じビルに入ってある若専ゲイバーだった。

 その時、ボックス席で隣り合わせになったお客様が“彼“だった。
 たしか、彼も友達数人で飲みに来ていたと記憶している。

 彼はかなり酔っていたのか、別卓のあたいたちにもよく話しかけてくれていた。というかまぁちょっと強引なくらいグイグイと絡んできていたのは覚えている。

 たとえば「一緒にカラオケ歌いましょー」とか「テキーラみんなで飲みません?」とか、「お隣は彼氏ですかー?」という感じで一方的にお誘いや質問を投げかけてきた。

 しかもあたいにだけ話しかけてくるので、あたいはせっかく自身のお客様が同伴で飲みに連れてきてくれている手前、お客様を蔑ろにして他の人と遊んでいるわけにはいかないので、「また今度歌いましょ❤️今日はのんびり飲みにきたの👄」というようにやんわりとお断りした。


 するとその次の瞬間、彼はお酒をグイーッと飲み干して、

「やだー! 一緒に飲んでよー!」と叫びながら、こともあろうかテーブルに足をドーンと乗せたのだ。

 するとアイスペールもポットも机から転がり落ち、中身は全て床に散乱した。あたり一面氷まみれでびちゃびちゃ。

 ていうか、お酒を飲む場所である机の上に土足をそのまま乗せたお行儀の悪い行為にあたいはびっくりしたし、なにより自分の卓の物だけじゃなく、あたいのお客様の宅のお酒も溢れてしまい、お客様のスマホや荷物にドリンクがぶっかかったので、あたいは頭に血が上っちゃったのですわ。

「コラ! こっちのテーブルのもこぼれちゃったじゃない!」

 あたいは彼に向かってひとこと叱責した後、片付けをする店子さんにおしぼりをお願いし、あたいのお客様の服を拭いた。

 大丈夫?と問いかけるとお客様も笑っていたけど「ちょっと今の時間激しいみたいだし、失敗しちゃったね(笑)」と苦笑気味だったので、入って10分も経っていない頃だったけれど、ママに目配せして「チェックで」と伝えた。

 すると、机に足を乗せたその彼は、怒られてしまった悲しさや、悪目立ちしてしまった気恥ずかしさからか、あたいに向かって口に入れていた氷を吐き捨ててきて、

「ママ!こいつアタシに指図したんだけど!ねぇママ! まじ無理キモい無理無理無理!」と言って、あたいの背中を蹴ってきた。


 あたいはバゴーンと氷まみれの床に前のめりに倒れる。一瞬何が起こったのか分からなかったけど、膝と背中(腰あたりの柔らかいところ)がめっちゃ痛かったので、もうあたいもケンカモード。生まれてから一度も人様に手を上げたことは無いけれど、もしも手を出すなら今なのかもしれないと思うくらいには憤慨した。

 するとママが黙ってその彼を一旦店の外に放り出して、彼と一緒にいた友達に「え、友達でしょ。落ち着くまで店入れるわけないから付き添ってあげて」と言って、その卓の人間ごと店から実質追い出してしまった。

 そして「お二人には本当に申し訳ない。ごめんなさい。今日はお会計いいから飲んで❤️」と言って、店子を他のお客につかせると、その日は小一時間ほどずっとママがあたい達二人の接客についてくれた。その間、あの彼が戻ってくることは無かった。

 あたいはすっかり落ち着いていた。というか他店様で騒いでしまったことと、よそ様のお客様に一喝してしまった出過ぎた自身への気恥ずかしさと、その店のママの優しさと配慮に感謝しかなかった。

「もちぎ、怪我してない? 大丈夫?」とママが聞いてきたので、あたいは強がって平気と答えたけど、ぶっちゃけ後日見たら膝あたりが青あざになっていたくらいには怪我してた。普通に傷害案件やね。

 でもママの顔もあるし、あたいはことを荒立てたく無かったので、タダ酒で流すことにした。まぁ元々同伴させてくれたお客様が支払ってくださるので、ずっとタダ酒なんやけどね。ガハハ。

 それからママは、

あの子、癇癪持ちで酔うとあーなっちゃのよね。普段は人見知りでおとなしいんだけど、今日はお友達もいたし、同年代のもちぎを見てテンション上がっちゃったんでしょうね。だからと言って許されるわけじゃないけど」

 というようなことを説明してくれた。

 お客様も「若いときは色々あるよね〜。俺にも血気盛んな時期あったな〜」という感じで理解を示すような返事をしてくれていたけど、あたいはそれでもわりとまだ頭に血が上っていたので「飲み屋に来てる時点で子どもじゃないんだから……ママも〇〇さん(お客様)も優しすぎ〜」と小言を挟みながらなんとか盛り上げに徹した。


 ーーそれが彼との最初の邂逅。

 彼はあたいの働いていたゲイバーに飲みにきている子では無かったので、まぁこの街(ゲイタウン)でばったり会うことがあっても、あたいから絡むことはないだろうなぁ、と思っていた。


 そして季節が巡り、一年ぐらいした時のこと。

 あたいがゲイバーの入っているテナントビルの下で友達と待ち合わせしていたら、ちょうどエレベーターから彼が出てきたのだった。

 あたいはすぐに(あの時の彼だ!)と気づいたけど、彼と一緒にエレベーターから降りてきた数人はあの時の子達だったかはちょっと分からなかった。でもとにかく彼自身には確信を持った。嫌な記憶と印象は強烈だからね。

 すると彼はあたいを見るなり、プイッとそっぽを向いて、あたいに聞こえるくらいデカい声で、連れていた子達に向かって、

「アタシ、あいつに財布盗まれたのよねー! みんなも気をつけなー」

 と、あたいを指差しながら言ったのだ。

 あたいはびっくりして、思わず目を見開いた。
 まじで何のことを言ってるのか分からんかったし、どういうこと?って頭の上にハテナマークが咲いちゃった。

 たとえばさ、彼もあたいに気づいて気まずそうに目を逸らして無視するとか、以前起きたことを謝罪するとか、展開としては色々あるじゃない。謝られたら飲み屋での出来事だからあたいも追及しないし、蒸し返そうとも思わない。

 そしたらこれよ。
 あたいにとってそれはまさに青天の霹靂。

 ゲイバーで暴れた挙句、急に初対面のお客に向かって蹴り入れて店を追い出された人間が、こともあろうか突拍子もないでっちあげをしてまで逆恨みして貶めてきたのよ。

 びっくりパンナコッタ。もうわらうしかない。


 そしてそういう対応を取られてから、すぐにそのことをその時の騒動があった店のママに世間話の一環で打ち明けると、ママは心当たりがあるように頭を抱えて、

「あー、あの子、そういうところもあるわ。元カレに殺されそうになったーとか、アプリで詐欺されたーとか言ってSNSで他のゲイのこと晒したりするのよ。でも他の子に話聞いてみると大体逆。元カレの子が彼に殴られて民事になってたり、アプリで自分から声かけた男に返事されなかったからって被害をでっちあげて晒してるだけなんだって。周りの友達もみんなあの子の虚言は知ってるし、誰ももちぎが財布盗んだとか信じないから大丈夫よ」

 と話してくれた。


 すると、あたいは彼が途端にかわいそうに思えたのだった。
 ふつふつしていた怒りが、どこかに消え失せてしまった。

 きっと彼はさみしいのだ。

 根は繊細で、人付き合いが苦手だけど、人間が大好きなのだろう。

 だけどうまくコミュニケーションができないもどかしさや、それから起きる齟齬に苛立ちを覚えているのだろうし、他人との距離を埋めるためにもお酒の力を借りて、自暴自棄にしか積極的になれないのだ。

 そしてそれでも上手くいかない時は、怒りのまま癇癪や暴力を通して自分の中の悲しさを噴出したり、相手を傷つけたり憎悪することで自分自身の心の痛い部分や弱い部分を守ることしかできない、傷つきやすい人なのだ。

 かわいそうやん。かわいそうなんやわ。

 そしてこんな風にあたいが勝手に彼の胸中を推測したり、彼自身に「あんたは本当は繊細なんでしょう? 怒らないからゆっくり話ましょ」と持ちかけたとしても、多分「馬鹿にされた」とか「偉そうにわかったふりするな」と怒りや恥辱に繋がってしまうのだろうな、と思った。実際あたいは偉そうなので彼にとっても、あたいのような人間と向き合うのは辛いだろう。

「ま、そういう子だって分かったならいいや。やっぱいろんな奴がいるからこの街好きだわ」

 とあたいは納得して、水に流して、グラスのお酒を飲み干した。



 そういう一連の出来事があったのが6年以上前のこと。
 そしてタイトルにあるように、入ったゲイバーであたいを見るなり「あいつ来たから帰ろう」と言ってのけたのがほんと最近。

 今年になって久しく会った彼は、見た目以外変わっていなかった。

 驚いたのは、あたいを見るなり、あの時感じた羞恥心や怒りを昨日のことかのように思い出して、新しい傷口を見るかのような目であたいに向かって「嫌いな奴が来た」と言った彼の変わらなさだ。

 すごいことだ。
 あたいは彼を見た瞬間、最初は誰か分からなかったし、彼だと気づいた瞬間には背中を蹴られたり風評被害された怒りよりも「あの時の!懐かしい!」とある種の感慨深さしか生まれなかった。以前の件はすでにもうあたいが勝手に自身の中で水に流した後だったので、昔の知人を見つけたようなフラットな気持ちだったのに。

 でも彼は、変わらず怒っていた。

 あたいも体感として知っているけれど、怒りというのは持続しないし、ずっと保持していたら身を滅ぼして心がおかしくなってしまう。そういうものだ。

 それでも人間が、その怒りの根源を忘れることは難しいし、乗り越えることも酷で甚だしい。

 けれどそんな怒りで殺されないように人間は努力する。大抵が怒りを怒りでない形で発露したり、何かで昇華したり、分割して発散したり、年々忘れたり、勇気を持って向かい合って消化したりする。

 でも彼は、あの彼はあの時と同質の怒りを手にした。
 きっとその方法しかいまだに彼の中での武器が揃っていないのだ。


 あたいは彼のような人間を知っている。

 あたいの母ちゃんだ。

 母ちゃんはエッセイの読者の方々ならご存知だろうけれど、まぁちょっと独特というか、毒を持った人であたいとは合わなかった。あたいが殺される前に家出してからずっと会っていなかったのだけれど、コロナ禍になってから、ちょっと望月家でお金のトラブルなどがあり、久しく会う機会があった。

 あたい自身も「もちぎとして作家デビューしてエッセイを書き始めてから、母ちゃんとの記憶に対して向き合う時間も増えたし、なんか今なら実際に面と向かって話せそうやから会ってみるか! エッセイのネタにもなるし!」というような心持ちで母ちゃんと対面した。

 けど、まぁ母ちゃんの苛烈さは相変わらずで、むしろあたいに対する憎悪は《気持ち悪いバカでブサイクな息子》から《政党や海外と癒着して金儲けしてるLGBTの売春犯罪者作家》にレベルアップしていたので、かなり激化していた。

 ネットのどこで仕入れたのか、いろんなヘイトや陰謀論を持ってあたいに言葉を投げかけてくる母ちゃんは、もうどっからその心のわだかまりに手を突っ込めばいいのか分からないくらいで、複雑で、固く締められたイヤホンのケーブルのように絡み合ってもうどうしようもなかった。お手上げでした。

 母ちゃんは、そんな気質のままだから今も地元で孤立しているようだった。地元の友人からの又聞きでこういうことを書き残すのは悪いけれど、まぁ母ちゃんが変わっていないという噂は、信ぴょう性というか蓋然性は高いなと思った。

 あの性格のまま変わらないのなら、あたいや姉ちゃんのように家族であっても誰も寄り付かなくなってしまうのも致し方ないし、よほどの博愛主義者が現れて隣人愛が発揮されなきゃ、誰も彼女を愛さない。

 でも母ちゃんも人間なのだ。寂しくて苦しいのだ。

 だから今は猫を飼おうとしているらしい。母ちゃんがバイトしている飲食店であたいの地元の友達が働いているので、そう聞いたようだ。

 ペットを飼う人が人に恵まれない寂しい奴だとか、そういうことを主張したいのではない。けれど少なくとも母ちゃんの場合は、人への寂しさと諦めの代替が猫だったのだろう。

 だけど母ちゃんは、昔実家で飼っていた猫を大切にせず、遺体をゴミ袋で捨てた人だ。あたいも子供の頃、ゴミ袋に詰められて玄関や、冬のベランダに放り出されたりしてたけど、まだそういう感覚ならきっと猫もあの人を真には愛せない。

 気づいているんだろうか。
 いや、気づいていてももう、酷なのだろうか。

 でもあたいは母ちゃんを恨んでいないので、彼女の人生が自戒によって好転することを願っている。あたいのいない世界で、今後一生交わることのない平行線で、あたいも母ちゃんもそれぞれ別の場所で幸せになればいい。



 ゲイバーであたいを敵視するゲイの彼も、あたいと同年代くらいなのでまだ30代前半だ。

 若い。まだ若いと思う。

 歳をとれば考えを改められなくなる・頭も心も頑固になる、と歳上の人間や世間の人は言うけれど、あたいはまだ年寄りになったことがないのでそれが真実なのか分からない。まるで高齢者の卑下や分断のようにも聞こえるので一概にそうだとは思わないようにしているけれど、昔から伝承的に繰り返し言われていることなので真実なところもきっとあるのだろう。

 
 それでも、とにかく彼はまだ若く、そして変わるための時間や機会はこれからもたくさんあるのだから。

 自分の人生に不満やモヤモヤを抱えた時、それを変えるためのきっかけをどうか勇気を出して受け入れてほしいなと、偉そうにも思ってしまった。

 たとえ他人と衝突したり、苦悩に苛まれたりしても、そこで自分自身が「このままじゃダメだ。このままじゃいやだ。苦しい、助けてほしい」と考えられたなら、それはまだ諦め切っていない心のSOSで、変わるための最大のきっかけなのだ。

「もういい。自分とはこういうものだ。そんな自分を受け入れない世界が悪い」としか思わなくなったら、多分この世界で居場所を見つけるのにはずっと苦労する。

 つまり、きっかけとはきっと外から来るものじゃなく、自分の心の中にあって、それを受け入れるための力なのだと思う。

 だから、彼がどういう人間なのかを理解している人が周りにいて、あとは助けを求めたり、素直に変わりたいと吐露できるようになったなら、その時は彼の新しい誕生日なのだとあたいは思うし、あたいは祝うよ。

 なんなら一杯奢っちゃう。タダ酒ほど美味しいものはないから。

 そんで改めて、自分の心を言葉で教えてくれよ。暴力や攻撃じゃなくてさ。

 そういう話をあたいはしたいよ。彼があたいの母ちゃんのようになる前に。


おわり

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ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄