見出し画像

食欲と性欲って、わりとキモいよな


 そういえば、いつごろ無くなったのか明確ではないんだけど、あたいは昔、人前でご飯を食べることに対してそこそこ強烈な苦手意識を持っていた。

 といってもガキの頃は昼食となれば、学校という場ゆえ否応なしに友達と輪になって給食やお弁当を食べていたし、苦手ではあったもののそれで強烈なストレスを感じて吐き戻したりするなどの拒絶反応が出ることはなかった。会食恐怖症を抱える人はたぶんここまでの経験を持つだろうと思う。あたいはそこまでではなかった。

 唯一あった困難と言えば、食事中に談笑されると、会話と咀嚼のタイミングが計れずに空気を飲み込みすぎてしまい、お腹の膨張感やゲップとオナラに悩まされたことだった。ゲップと共に喉奥まで飲み込める程度のゲロ(あたいはこれをチビゲロと呼んでいる)がこみ上げてくることも日常茶飯事だった。

 ただしオナラについては、あたいが学校のトイレで普通にうんこができる周知のネタキャラだったからなんとかなった。あたいには学校でうんこをしてもうんこマンと呼ばせない凄み(すごみ)があった。端的に言うと恥じずに堂々と「うんこします」と宣言すると、誰も笑わず、追随するように学校でうんこするようになるのだ。

 まぁそんな気丈に振る舞ったエピソードを語ってはいるが、この体質のおかげで正直わりと大学に入るまでの学生生活の昼時間はつらかった。(大学ではほとんど一人で飯食ってた、楽だし)

 小学校から中学高校という途中退室のできない箱庭で、絶対に避けられない昼食というイベント、一人で食べられる場も少ない空間では必ず誰かが隣にいて、むしろそういう状況こそ「閉塞感」という言葉がピッタリな場だったと思う。だけどあたいにとって「誰かと食事をするとつらい」ということは日常においてデフォルトの事柄なので、「我慢を強いられている」とか「耐え難い」というはなく、ただただ「食事とは楽しくないものだ」という再確認作業に過ぎなかった。なのでことさら深く悩んだりはしなかった。

 剃っても剃っても生える髭のように、避けられない習慣と食欲という存在は、ただただ疎ましいものだった。

 そもそも、他人との食事に苦手意識を持つようになったのは、まず叱られる経験による緊張感があったからだろう。

ここから先は

3,711字

ここはあなたの宿であり、別荘であり、療養地。 あたいが毎月4本以上の文章を温泉のようにドバドバと湧かせて、かけながす。 内容はさまざまな思…

今ならあたいの投げキッス付きよ👄