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銭湯が苦手なゲイの話。


 この前、ゲイバーで知人のゲイと世間話をしていた。

 最近どこに行っただとか、ご時世的に飲み歩くのも大変だよねだとか、新しくできたゲイバーのママはどこどこのゲイバーで店子(従業員)してた誰々だ、だとか、ゲイバーらしい他愛無い会話と身近なゴシップを交わした。

 そんないつも通りの会話をしている時に、あたいが「今日銭湯行ってから飲みに来てるからお酒が回るわ」と話すと、

 その知人が「あんた銭湯行けるんだ。おれ無理なのよ」と返した。

 そういえば以前にも銭湯が行けない友人や同僚があたいの周りにはいた。潔癖症気味で人と同じ湯船に入れない人、ゲイタウン近くに住んでいるため知人のゲイと銭湯で遭遇するのが気恥ずかしく、そのため避けている人。あと泥酔で銭湯に行って死にかけたのがトラウマになってるおバカ。

 ひとくちに《銭湯に行けない》と言ってもさまざまな理由があるので、あたいは知人に「なんで?」と深掘りしてみた。

 そしたら「だって、おれゲイだから」

 そんな風に返事は返ってきた。

 異性愛者にゲイだと打ち明けた時、よく言われるのが「じゃあ銭湯とか天国じゃん。ふつうの男が女風呂に入るようなもんでしょ?」という質問だ。

 その純粋な疑問や感想に嫌気がさすゲイもいるだろうけれど、反対に「概ね正しい」と返すゲイもいるだろう。

 たしかに他の男性の裸体を意識せずに純然たる気持ちで入浴に没頭するゲイもいれば、入浴ついでに「イケメンの裸が見れたわ〜」とのたまうゲイもいる。

 そういった「他の男性の裸体が見れた」という発言の多くは、良くも悪くもゲイバーなどで行われるゲイ同士のホモソーシャルなノリやリップサービスでもあり、本当に男性器や身体を凝視しているわけではないだろうと思う。ゲイの多くは一般社会でゲイだとバレたくは無いのだから。

 だけど、もちろん偏見を助長するつもりはないけれど、入浴ついでに他者の裸体を見られることを僥倖やゲイ特有の特権だと認識しているゲイも確かにいるのにはいるし、実際に手を出して迷惑行為に及ぶ人間も存在する。

 それを「見るだけならセーフだから別にいいじゃん」と主張する論もあるが、そもそも他者の裸を凝視する行為自体、度を越せば当たり前に被害として成立する迷惑行為なのだ。「ジロジロ見たり、迷惑行為した人は通報します」と禁止する銭湯も存在するし、異性愛者の男性が性加害に遭いたくない一心から「ゲイの人に銭湯に入ってほしくない」という発言をしてしまうことにも繋がるだろう。

 なのであたいはゲイの銭湯意識問題はわりとセンシティブで、ゲイの世界で行われるゲイ同士の冗談ってものであっても性的被害を矮小する危険性が伴うし、ノンケ達に向けて「ゲイにとって銭湯の男風呂はハーレムよ」みたいな発言なんてものになれば、いろんな偏見や差別を強化させていると感じている。

 ゲイである以前に、社会を構成する一人の人間なんだから、仮に思ってても言うべきじゃないのかもね。


 そういったゲイ事情があるものの、多くのゲイにとって銭湯に行く行為は、ただの《足を伸ばして湯船に浸かる》というリラクゼーションの枠を越えることはなく、そこで自身がゲイというセクシュアリティを意識することは多くない。

 もちろんゲイの中にも思春期を迎えた子供や、ゲイだと自覚してから日が浅い人であったり、男性経験が無く男性の裸体に強く意識を持ってしまう人もいる。そういった人は銭湯を避けたり、学校の更衣室やプール、職場の着替えなどでも意識してしまい、その《男性を意識してしまう自分》を隠すことに苦労しただろうとも思う。

 全然関係ないけど、いま《銭湯を避ける》と書こうとしたら予測変換で《戦闘を裂ける》って出てびっくりした。あたいのiPad、好戦的すぎるやろ。

 閑話休題でした。だけどゲイの大多数はノンケと共生している。ゲイであるがゆえに全てを棲み分けているわけでも、隔離されているわけでもない。さらにいえば多くのゲイにとってタイプの男性が存在するので、全ての同性に性的興奮を覚えるわけでもないのだ。(もちろんわりとどんな人でもイケるって子もいる。ゲイ業界でタイプが広すぎる人を“誰専“と呼んだりもする)

 そしてゲイとして生きることに慣れた人ほど、ゲイとしての思考を隠すことで異性愛者のフリをして世の中に馴染み、社会に馴化し、態度や言動を演技することに慣れてしまうので、常々自身がゲイであることによる悩みを抱えていたりするわけでもなかったりする。そういった人にとって人生の大きな転換期(転勤や周囲の結婚・出産などのイベント。親との死別)を迎えない限り、日常的な銭湯や更衣室といった場所でゲイを意識することはあまりないだろう。

 ましてやゲイタウンやゲイアプリ・SNSでのゲイアカウントなどでゲイ同士の横の繋がりに親しむ人ほど、そういったオンオフの棲み分けによる生活である程度満足し、ゲイというアイデンティティーに後ろめたさや面倒臭さを感じず、社会に溶け込んでいる傾向がある。

 なので、あたいはゲイバーでしょっちゅう見かける知人が、「ゲイゆえに銭湯に行かない」という意見を有していることに些か疑問を覚えた。そこまでゲイだと強く意識して日常制限に縛りが出るほど、彼が持つゲイであることの生きづらさや思想は何なんだろうと知りたくなった。

「なんでゲイだからって理由で銭湯行きたくないん? なんか嫌なことでもあったん?」

 あたいがそう問いかけると、彼は、

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