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開拓星のガーデナー #5

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足元の振動が伝わり、座席が揺れる。この振動に慣れるか心配だった、と今になって思い出す。モニターには依然変わらず、何事もない景色が続いている。はめ直した手でナイフを振るい、邪魔な枝を払う。浮いた心でも、この程度の作業はこなせる。

(あれは、なんだったんだろう)

つい先ほどの、ルチアの不可解な反応。時間が経つにつれ、そこに違和感が募っていく。あれから彼女からの通信はない。それはつまり、彼女の担当範囲にも異常が存在しないことを意味する。

(粗方やっつけた、ってことなのかな)

何にせよ、敵が来ないのは大歓迎だった。思考はルチアのことから、状況の整理へと移る。敵の出る気配がない。それはつまり、任務が完了したことを意味する。ならば本部へ帰れるはず。ようやくルチアと離れられる。

……いや、本当に離れられるのか?


◆ ◆ ◆


(君が来てくれて、本当に良かったよ)

不意に、開拓団のリーダーの顔が浮かんだ。ひげ面だが優しい目をした中年男性で、僕が食堂で一人だった日に、相席を申し出てくれた。突然の褒め言葉に照れると、彼は続けた。

(ルチアは本当に良く笑うようになった。なにせ、ニンジャだからね)

冗談めかして笑う上司に、僕は愛想笑いで返した。正直なところ、そう呼ばれることには辟易していたからだ。彼はそんな雰囲気を察したのか、少し申し訳なさそうな顔をして喋り出した。

(……今の彼女を見ていれば、想像しづらいだろうね。でも、少し前までは本当にひどかった。一日中ふさぎ込んで、誰とも喋ろうとしなかった。……無理もない。あんなことがあったんだからね)

あんなこと。それはルチアの所属する調査隊が全滅し、彼女だけが生き残った。そのことを指していたのだろう。今となっては、だいぶん違った意味合いで聞こえる事実だ。

ニンジャ、ニンジャと自分にまとわりつくルチア。適当にあしらっていた少女にそんな過去があると知ったのは、入社してしばらく経ってからのこと。この上司に教えてもらった。当時の僕は、周りに合わせるのと、付いて行こうとするので精一杯だった。

新たな環境、新たな職場。それも文筆業から開拓業へだ。夢のためとはいえ、この大きすぎる環境の変化はこたえた。中でも一番だったのは、共に厳しい訓練をこなすムキムキの連中と、その体育会系のノリが、自分に全く合わなかったことだった。

ヘトヘトに疲れ切り、訓練と就寝を繰り返すだけの毎日。気の合わない相手と、常に空気を伺いながら話す日々。そんな中で、楽しそうにバカな話をしにくるルチア。妹がいれば、こんな感じなのだろうか。彼女は日々の癒しですらあった。

僕はニンジャじゃない。それは職場の誰もが知っている事実だ。ルチアだけが僕をニンジャと本気で呼び、憧れ、話しかけてくれる。輝いた目で見られるのは心地良かったし、茶化される形で同僚と話せたのも嬉しかった。だから、そのままで良かった。否定する必要などなかった。

彼女の過去を知っても、それは同じだった。僕がそれに触れることも、ルチアがそれに触れることもなかった。何も変えたくはなかった。今は、どうだろう。彼女の本性と、ニンジャへの異常な思い。それを知った今、同じように振るまえるだろうか? 僕は、これからあの場所で……


◆ ◆ ◆


(やめよう)

首を振り、意識を空想から背ける。現実は、先ほどから露ほども変わりなかった。単調極まる景色からは、どれだけ歩いていたのかも分からない。僕は時計を探そうとして、経過時間レコードがあることを思い出し、それを覗こうとして……

「あれ」

モニターを2度見した。

ほとんど無意識的に、ガーデナーの足を止めさせる。既視感。何かが引っかかった。この星に溢れかえった光景に。まじまじとモニターを覗き込み、その正体を探る。

「どうしたんだよ、急に止まって」

ルチアの声がした。僕は答えなかった。何か、とても重要なことを思い出せそうな気がして、そこに吸い込まれていた。

「ここは、確か……そうだ!」

「オイ、聞いてんのかよ!」

脳裏に浮かんだのは、地球で見た動画。ワイプ表示された研究員の笑顔。あの時の、あの場所だ!

「じゃあ、ここに……!」

進んできた道を逸れ、僕はあれがあるはずの場所に踏み込んだ。それから木々をかき分け、枝を断ち切り、隙間を覗き込み、探し始める。

「人の話を……」

「後ろ見てて!」

反射的に僕が言うと、ルチアはぶつくさ言いながら従った。茂みの中。枝の合間。ぼやけた、しかし鮮烈な記憶の導くままに。そしてようやく、見つけた。錆びた鉄骨。白いコンクリートの破片。

この星に人が住んでいた、その可能性を示す痕跡を。


【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。