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開拓星のガーデナー #1

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やりやがった。

僚機のナパームが炎上させたのは、折り重なった樹獣の群れ。下には仲間のガーデナーもいたが、彼女は一切気に留めなかった。

「アッハッハ! キャンプファイヤーみてえだな!」

モニター越しに褐色肌の少女が笑う。惑星スダースの前回調査隊、唯一の生き残り。唯一の。ああ、きっとそういうことだ。

スダースは地球と酷似した大気の惑星だが、大部分が密林で、樹獣という巨大肉食植物が氾濫している。エンジン駆動の歩行マシン『ガーデナー』で奴らを焼き殺すのが、僕たちの仕事だ。

…もっとも、僕の本業は別にある。ジャーナリストだ。スダースの調査写真に人工建築物の痕跡を見つけ、スクープ欲しさで調査隊に…

「オイ、早く行こうぜ! 後ろ見といてくれよな!」

背中を僕に預け、彼女はマシンを進ませる。百戦錬磨の彼女がどうしてこうも、素人同然の僕を信頼してるのかというと…

「日本人は皆ニンジャの一族なんだろ?」

…そんな偏見が原因だった。


煌々とした火柱が、鬱蒼とした森の中央で燃え盛っている。だが、その炎が周りの木々に燃え移ることはない。惑星スダースの植物はそんなにヤワではないのだ。

火柱の根本にあるのは【彼】のガーデナー。ジム・ヘンダーソン。元軍人。歳は僕より少し上。カレーが嫌い。今しがた亡くなった同僚について、思い出せるのはそのくらいだった。僕はそれを少しだけ幸運だと思い、すぐにその薄情さを恥じた。

「おーい、聞こえてなかったのか?」

ルチアからの通信。立ち呆けていた心臓が縮み上がる。マズい。必死で言葉を絞り出す。

「あ、ああ、うん。ちょっとね」

「しっかりしてくれよ。もう残りは二人だけなんだぜ?」

彼女は呆れたように答えた。然り。先遣隊は僕とジムさん、そしてこの褐色肌の少女……ルチアの三人だけだった。

【惑星保護法】の存在により、大気圏外からの攻撃や、無差別的な破壊は禁じられている。ゆえに僕らのガーデナーは、前回調査隊が切り開いた、わずかな平地へと降下。ベースキャンプを設営するため、周囲の樹獣を排除することになった。

派遣された人数で分かる通り、大した任務ではなかった。それなのに。

「ジムさん……死んじゃったんだよな」

思わず声に出た。僕は慌てて口を抑えた。マズい。『彼女の中のニンジャ』のイメージから外れたら……

「あー、死んでる死んでる」

彼女は怒るでも訝るでもなく、ごく平然と答えた。セーフか。込み上がる物を必死で抑え、僕は言った。

「じゃ、じゃあ行こうか……」

火の勢いが弱まり始めると、一本の木から貪欲なツルが伸びた。そのツルを別のツルが払い、さらに別のツルがそれを切り落とす。それを皮切りに、炎の中へといくつものツルが飛び込み、焼けた樹皮を瞬く間に再生させながら、ジムさんのガーデナーを漁り始めた。

【死肉喰い】の脅威度は低く、殲滅優先度も低い。ジムさんの冥福を祈りつつ、僕はその場を離れた。


天を覆う網目のように茂る葉。その隙間から、差し込む陽の光。僕らの乗った金属の塊は、柔らかい地面を踏みしめ、時に枯れ枝を砕きながら歩いていく。ガーデナーの体高は5m弱。それでもここでは、人と同程度の視点しか持てない。

スダースの密林には、虫も、鳥も、動物の声もない。静寂を乱すのは、僕らのガーデナーに、樹獣、そして幾らかの自立植物くらいのものだ。

アラート音。左からシュルシュルと伸びてきたツルを、小型ナイフで切り払う。地に落ちたツルはミミズのようにのたうち、元の木へと這い始めた。僕はその様から目を逸らし、眼前のモニタ類に視線を戻す。

人間と違い、ガーデナーの目は6つ。背中と側面にも付いている。だが、チェックする人間の目は2つしかない。どこかに注目すれば、そのぶん他への注意がおろそかになる。ルチアは前方、僕は後方。その他は最低限の警戒をするだけだ。

けれどもルチアのガーデナーは、その最低限をする気配すら見受けられなかった。その様をチラチラ横目で確認しながら、僕は後方の警戒を続けた。

あの火柱の煙が映らなくなった頃。僕は右にある木に違和感を覚えた。幹の中央に、縦に走った大きな裂け目。そのフチが微妙に盛り上がっている。あれは、まぶた。つまり。

「敵だ!」

僕は叫び、樹獣へ砲塔を向けた!

【続く】

それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。