【超短編】春の窓

破裂音がした、風船が割れるより軽い音。手元の本からだ。窓から見下ろすと広場では大人達が焚き火をしている。本を燃やしているのだ。何も禁書なわけじゃない。読まねばならないという強制力へのデモンストレーション。僕の本はその暴力に対して抗議の音を立てている。

「まあ落ち着けよ。あいつらが燃やしているのは古典ばかりさ」

彼はまだパチンパチンと不満を表明する。彼に描かれた主人公は激昂して想像を絶するオノマトペ(もさきゃ、しあね、ぺいん)に埋もれていた。

「君のしていることもあいつらみたいなものだな。本の過程と結末を変えようとしている」

本は急に静かになる。

「多重性はおもしろい。たくさんの分岐と結果のパターン。ゲーム的だし、もっと言えば人間的だ。だけど本は人間たろうとしたらいけない。そう思うだろ。本は普遍的で不変的だ。二つの漢字、両方」

「あら、ご本読んでたの?一人で偉いわね」

ノックもなしに母がドアの脇に立っていた。視線を落とすと、最後のページは僕と同じくらいの少年が異世界の冒険から家へ帰還した絵に戻っていた。広場にはもう人はおらず、消えた焚き火からパチンパチンと何かが爆ぜた。


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こちらの小品は、「もうすぐオトナの超短編」タカスギシンタロ選 優秀作品に選んでいただきました。
フリーペーパー「コトリの宮殿」増刊号に掲載予定です。
http://inkfish.txt-nifty.com/diary/2017/05/post-fa2f.html


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