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ワクチン確保から接種まで後手後手だったのか

著者: X、ハラオカヒサ

(誤記訂正を行いました。これまでにご指摘いただいた方々に感謝いたします)

無関心から批判へ

2020年1月15日の国内感染者初確認は、日本在住者にとって新型コロナ肺炎が海のむこうのできごとではなくなった瞬間だった。しかし国内では新型コロナ肺炎をマスク不足を通して実感するにとどまり、とらえどころがなく現実味が薄いままさっぽろ雪まつりクラスターの発生や志村けん氏が亡くなる事態へ突入していった。

しばらくコロナ禍はマスク不足、トイレットペーパー不足、他県ナンバー騒動といった、新型コロナ肺炎そのものではない周辺のできごとが主なストーリーだったのだ。

ワクチンについても同様だった。

ワクチン開発は新型コロナ肺炎ウイルスが特定された直後から開始されているが、日本国内の雰囲気は2020年秋頃まで「ワクチンがあったらどれだけよいだろうか」という漠然とした待望論にとどまり、ワクチンとワクチン接種を具体的に思い描けるようになったのはイギリス、アメリカ、イスラエルで接種が開始された2020年12月以降と言ってよいだろう。

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アメリカを中心に2020年2月末あたりから3月にかけて新型コロナ肺炎ワクチン陰謀論が発生し勢いを増している。つまり志村けん氏死亡の1ヶ月前からワクチン陰謀論が発生して広がっていたのを意味し、マスク不足、トイレットペーパー不足等の原因になった買い占めと転売が話題の中心を占めていた日本とだいぶ状況が違っている。そしてワクチン陰謀論初期に治験に参加した女性が死亡したとするかなり具体的なデマがアメリカに流布されていたのだから、ワクチン完成への現実味もまた日本の空気とだいぶ違う。

コロナ禍カレンダー ver.2.0.1をアップロードした記事で、このコロナ禍は世代、階層、党派などによる分断が激しいと指摘した。2021年5月末現在、ワクチン接種をめぐって国内には政権を批判する声があり、それは政府がワクチンの確保から接種まで対応が遅く、すべてが後手後手になったと主張している。

だが、2020年1月にファイザーなど製薬メーカーがワクチン開発へ動き、2月から3月にかけてアメリカを中心に陰謀論やデマが流布されて一般人の関心が既に高かったが、日本国内では政府にワクチン確保を迫ったり接種政策を問う言説はほぼ皆無であった。

2021年5月27日、立憲民主党の蓮舫議員は次のようにツイートをした。

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「一年前」は2020年5月ということになる。蓮舫議員と立憲民主党がワクチン接種の優先順位について(うちうちで話していたなら別だが)意見表明したり国会等で提案した事実はない。

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(2021年7月16日追補。同日、立憲民主党ツイッターアカウントが現在までのワクチン政策を批判する発言を行い注目を集めた。参考までに、上掲の1年前2020年5月5日の蓮舫氏の発言を以下に示すことにする。同党ならびに氏が求め続けていたのはPCR検査であった)

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そもそも2020年5月もしくは6月時点は、ワクチンの開発がはじまっていたものの完成は夢のまた夢であり、接種について日本ではまったく現実味がない段階だった。人々の関心時は治療薬でありK値でありPCR検査で、PCR検査を推す野党議員ばかりだったのは現在と変わらない。

Xおよびハラオカヒサは、政府のワクチン政策が完璧であるとはまったく思っていないが、後述するようにまったく駄目なものではないし「後手後手」でもないと考えている。批判があるなら経緯と結果を正しく示さなければ悪口や愚痴にすぎず改善にまったくつながらないどころか、コロナ禍の収束を邪魔する可能性すらある。

たった1年前のできごとでさえ都合よく書き換える議員や一般人の多さに危機感を覚えるし、直近では蓮舫議員のツイートの異常さは看過できないものがある。こうした人々は過去のできごとを調べて理解しようとしていないか、世の中の人々は忘れきっているから嘘をついてもまかりとおると信じているのだろう。世間話を身内だけでしているならまだしも、前者は怠惰、後者は悪質ではないだろうか。

では皆がマスク不足に困惑し苛立っていたとき、誰がワクチン接種までの道のりを考えていたのか。無関心が大勢を占めていたのではないか。

2020年1月から蓮舫議員たちがワクチン接種について提案したと言っている5月までをざっと振り返ってみよう。(カレンダーはクリックで拡大する)

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ワクチン確保の困難さ

コロナ禍カレンダーを使いながらワクチンの確保について、いつ何があったのか確認したいと思う。

まず2020年5月から12月までの動きだ。(画像はクリックで拡大する)

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・開発支援

政府がワクチンについてアクションを起こしたとわかる報道は2020年5月4日[ワクチン開発などへ8億ドル超の支援表明]をしたとするものだ。

これより前に様々な準備があったはずだが、この資金提供をもって日本の新型コロナワクチン政策が目に見えるかたちで動きはじめたと言える。

・確保/準備

次に大きな動きがあったのは2020年7月31日ファイザー、8月6日アストラゼネカとの供給合意だ。

その後、2020年8月28日に政府は新型コロナ肺炎対策の新方針を明らかにして、このなかにワクチンについての計画が含まれていた。

2020年8月段階ではワクチンは完成しておらず、どの国もワクチンを手に入れていない。

2020年10月になると、開発者から「12月に3000万人分確保できるだろう」とする発言があった。3000万人分とは、首都圏の人口(3,400-3,800万人くらい)が必要とする量より少ない。この程度のワクチンに各国が殺到するのだからただごとでない。

同10月中に、政府は接種自己負担なしを決定している。

・完成 認可/接種具体化

2020年11月20日、ファイザーがアメリカ国内で緊急使用許可を申請した。

緊急使用許可についてリンク先に説明があるが、緊急時に未承認薬などの使用を許可したり、既承認薬の適応を拡大したりする制度だ。

アメリカのFDAがファイザーに許可を出したのは12月11日。イギリスでファイザー製ワクチンの接種が開始されたのは12月8日だからFDAの承認前にイギリスが独自に認可したことになる。

続いて12月14日、アメリカで接種が開始された。12月20日、イスラエルで接種がはじまるが、これはリアルワールド試験国契約をイスラエルとファイザーが結んだうえでのものだ。大きくない規模の国で手早く実世界(リアルワールド)上の治験を行うようなもので、個人情報を伏せたうえでデータがファイザーへ提供される。

以下の画像がイスラエルとファイザー間の契約書の冒頭部分で、画像をクリックするとイスラエル政府のサイトにある原文(PDF)を読むことができる。

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イスラエルはパレスチナと紛争状態にあり、コロナ禍の早急な収束が求められていて、ワクチン接種によって国内情勢が落ち着いた直後にガザ地区攻撃がはじまっていることを考えるとき、ファイザーとの契約の背景が容易に想像できるだろう。

なぜ、2020年12月に日本はワクチンを手に入れられなかったのか。

日本はワクチン開発国ではない。日本は患者数、死者数ともに世界的に少ない。リアルワールド試験国ではない。人口の多寡だけでなく、国内治験を済ませていないワクチンを国民に接種して、そのデータをファイザーに提供する契約を結べるとは考えにくい。現に、2020年11月予防接種法の改訂で野党はワクチン認可の特例を認めなかった。(どの党の誰が、どのような意見をつけたかは[2020年11月コロナ禍カレンダー]に記載した)

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仮に12月中にワクチンが到着しても、国内治験が終了していない以上は接種は不可能だ。

追記:2020年7月のファイザー社との合意はEU工場からの出荷分が、EUによるワクチンの戦略物資化によって生産と出荷の目処が立たなくなり一旦破棄されたのち、2021年1月に新たに正式契約を結ぶことになった)

こうしたなか、厚労省は2月下旬接種開始指示を出し、高齢者接種の計画も策定している。

次は2021年2月から5月までの動きだ。(画像はクリックで拡大する)

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・接種開始/世界的需要増

国内治験を経て2021年2月15日、ファイザー製ワクチンが承認された。治験に特例を設けられなかったため、通常の治験スケジュールが適用された結果だ。

2021年2月17日から医療従事者への接種が開始された。

こうした最中、英米など接種先行国での需要の高まりから4月になるまで輸入量が限られることがわかった。

2021年3月5日、モデルナとの供給契約が結ばれた。

では接種先行国はどうなっていたか。3月に入って各国で接種後に血栓ができる問題が報告されるようになり接種の停止と再開が繰り返された。接種の停止と再開は、リスクが生じる割合とリスクを上回る効果が評価される過程だったと言える。EUではワクチン不足から輸出制限をかける事態になっている。

日本国内ではこの時期にワクチン確保の遅れと接種の遅れが批判されるようになった。だが批判には、2020年5月の開発支援からはじまり2021年12月までに続けられた確保と準備や、この間の開発国、感染者や死者数が多い国との関係が考慮されていたとは思えない。

・高齢者接種へ向けて

ここからは記憶が鮮明ではないだろうか。大きなトピックは内情が2021年5月に報じられた、4月15日から18日の首相訪米中に行われたファイザーとの直談判だろう。

記事中には、開発国や危機的状況にある国にワクチンが優先され日本への輸出が遅れた経緯と当時の政府内の様子が書かれている。

理由ははっきりしている 理由と理由によって生じた結果の是非を問わなくては批判にはならない

日本で医療従事者にワクチン接種が開始されたのは2021年2月、高齢者への集団接種がはじまったのは5月だ。そして、なぜイギリスやアメリカやイスラエルのように2020年12月から接種をはじめられなかったのか、大量にワクチンが輸出され調達できるのは4月以降とされたのか。いずれも理由ははっきりしているし、経緯は報道されてきた。

ワクチン確保から接種に至る隅々に問題はなかったかと問われたら、あったと言わざるを得ない。この記事に書き出した様々な障害のほか、1960年代にはじまり90年代まで尾を引いたワクチン薬害訴訟と、訴訟を支援した反ワクチン報道の影響によって国内製薬メーカーがワクチンの開発製造に消極的になっていたことも大きな問題のはずだ。

日本のワクチン政策は後退に後退を続け、これまでにも風疹の流行、子宮頸がんワクチン接種率の低さによって無数の不幸を生み出してきた。

ではコロナ禍のワクチン確保に際して政府は怠慢だったろうか。満点の動きだったか評価しかねるが、世界的な困難のなかファイザー製ワクチンを確保し後にモデルナ製も確保し接種を開始できたことを「後手後手だった」と評するのはおかしいと思う。

ハラオカヒサがTwitterで何度か発言したように、正しい批判でなければ、現状をよりよくすることはできないし、正しい批判は正しい現状認識がなければ不可能だ。

この記事の最初に「無関心から批判へ」と書いたのは、ワクチンにまつわる様々なできごとを批判する一般人の多くがこれまでに何があったか知らないまま苛立ちをぶつけていること、政治家や報道や評論家は経緯を知らないはずがないのに知らないふりをして批判のための批判をしているからだ。

そもそもワクチンに無関心だった。それはしかたないとしても、過去の報道などを容易に遡れるにも関わらず調べない。なかったことにして嘘をつく。いずれもまったく建設的ではない。

これだけ新型コロナ肺炎で痛手を負っているのに、批判のための批判で遊んでいるなんてずいぶん気楽で無責任な態度だと言わざるを得ない。

勇ましいが「なにがどのように問題であるか」具体性がないキャッチフレーズで政治を動かし、大衆を扇動しようとする行い。事実を書き換えて、都合よく歴史をつくりだす行い。もうこんなものが通用する時代はおしまいにしなければならない。

最後にコロナ禍カレンダー作成の意図を記し、記事を終えることにする。

作成意図

震災と原発事故からたった10年、しかも日本在住者にとって共通の経験だったはずなのに堂々と歴史を書き換えようとする者が現れ、いくら反論しても彼ら彼女ら、報道関係者までが書き換えをやめようとしませんでした。この経験から、コロナ禍終焉後さまざまな立場から個人もしく自派に都合よく歴史を書き換える動きが出てくるだろうと私は危惧しました。

危惧は現実のものになりました。

コロナ禍では10年どころか1ヶ月、数週間、数日前のできごとすらなかったことにしたり事実と正反対に語り、誰かを、何かを批判するという名目で誹謗中傷をはじめる者まで現れました。一般人だけでなく評論家、政治家といった人々が、SNSだけでなくメディアを通じて数日前のできごとでさえ事実を書き換えるありさまです。


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加藤文宏
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