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ママ友から陰謀論を介して浸透するニセ医療──ニセ医療問題2

ニセ医療をめぐる言論は、ニセ医療とされる行為とこれを行う医師や施術者を語ることに費やされてきた。そこにはニセ医療に騙されないための啓発もあったが、騙される人々の5W1H(誰が、いつ、どこで、なにを、なぜ、どのように)が注目されることは少なかった。今回は、ニセ医療がママ友を介して深く浸透している問題を、騙される人の側から考えることにする。

■前回の記事


脱ステロイドはインスタグラムから

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「キラキラしたママ友の集まりで、妻が洗脳されたなんて想像できますか」

 山口義雄さん(仮名)がスマートフォンのディスプレイをこちらに向けると、青々した芝生と幼児、フラワーアレンジメントのようにカラフルな野菜が並んだ籠もり、サプリメントのボトルといった写真が並ぶ(画像・動画共有交流サイト)インスタグラムのママ友アカウントが表示されていた。

 続いてアルバムアプリに表示されたのは火傷のような赤みと黄色ブドウ球菌が原因とされる膿が痛々しい男児の顔写真だった。妻の友美さん(仮名)がママ友の影響を受けて脱ステロイドを行ったため息子のアトピー性皮膚炎が目を覆うばかりに悪化したのだ。

 治療方針について何度も言い争い、息子を友美さんから引き離そうとしたがうまくいかなかったという。児童相談所など公的機関への相談を勧めると義雄さんはうなだれた。

「それをしたら家庭が壊れます。でも、そこまでやらないと駄目なんでしょうね」

 悩みは脱ステロイドだけではない。友美さんによって息子と義雄さんのワクチン接種が邪魔され、汚染された水道水は飲めないとパワースポットから採取したという水を使っているが衛生的とは思えない。しかも彼女は外国人を差別する陰謀論を信奉するまでになった。

 いったいインスタグラムで何が起こっているのか。

 友美さんは妊娠中から育児情報収集のためネットを検索していた。親とは価値観が異なるため彼女は同世代、同傾向の母親を参考にしたかったのだ。探していたものは自然派育児と自然派ママの生活情報だった。

 インスタグラムで「自然派」を検索すると上掲のスクリーンショットのように候補が表示され、自然派といえばワインと育児とコスメの話題なのがわかる。自然派はインスタグラム上でトレンドであり、自然派でありたいと願い、自然派らしい子育てをしたいのは友美さんだけではないのだ。

 自然派31万件、自然派ママ12万件、自然派育児10万件の投稿から友美さんはどうやって特定のアカウントを見つけたのだろうか。

「同じ自然派でもいろいろあるし、収入によって子供に使える金額が違うから、参考になるアカウントとならないものがあると妻が言っていました」

 キーワード検索をすると該当する画像が一覧表示される。画像を見るだけでアカウントの趣味性や投稿者が属している階層が一目瞭然になり、これは文字ベースの交流をするフェイスブックやツイッターとあきらかに違う特性だ。

 表示された画像をタップまたはクリックすると投稿が表示される。自然派ママとは考え方だけでなく性別すら違う筆者が、これはと思う画像を選択すると予想通りのアカウントばかりだった。友美さんのような当事者なら探し求めている傾向のアカウントを難なく見つけ出せたはずだ。


その先にある講演会やカウンセリング

「『ちくちくする物がはいってきた』とアトピーの子が胎内記憶をしゃべった」とママ友から吹き込まれた友美さんは、息子がアトピー性皮膚炎になったのは自分が食べてきた食品と化粧品などからの経皮毒のせいに違いないと罪悪感を抱いた。

 しかし友美さんが前述のインスタグラムアカウントで交わしていた会話は、オーガニックや反医療の傾向があるものの家庭崩壊の危機を招くほど極端なものではなかった。義雄さんが「洗脳」と呼ぶ尋常ではない交流は、ダイレクトメッセージ機能を使った会話や、他のインスタグラムアカウントやLINEグループなどに場所を移して行われたのだ

 まず出発点になっているインスタグラムのアカウントで自然派の子育てが紹介される。投稿内容と反応を見ながら反ワクチン派、脱ステロイド派、(迷信的精神世界を信奉する)スピリチュアル派といったさまざまな人々が、話題に関心を寄せているフォロワーにダイレクトメッセージを使って誘いをかける。

 友美さんは誘われた先でさまざまな専門家を紹介され、彼らが行う有料講演会やカウンセリングをリモート環境で受けた。これらで指導されて脱ステロイドを行い、自由診療クリニックでの波動検査と治療にも興味を抱いて現在に至っている。

 義雄さんとの関係を伏せたままインスタグラム上から友美さん、アカウント主、脱ステロイドのリーダー、スピリチュアル派のリーダーに取材を申し込んだが無視されるか断られた。だがママ友とニセ医療のつながりについて更に取材を勧めると、友美さんが経験したものは典型的でテンプレートともいえるものだったのがわかった。


知的な女性が坂を転げ落ちるように変貌

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 取材拒否が続くなかツイッターでママ友とニセ医療の関係を問題提起すると、身近な環境で発生したできごとを語るツイートやダイレクトメッセージが続々と届いた。長谷川誠さん(仮名)は妻とママ友をめぐる現在進行形の体験談を寄せてくれた一人だ。

 待ち合わせ場所に現れた誠さんは、洗練されスマートなものごしのビジネスマンだった。

 妻の真依さん(仮名)は子育てママ友グループに参加すると、またたくまに反ワクチンやニセ医療だけでなく陰謀論に巻き込まれた。それは「まるで雪玉が坂を転げ落ちるような変化」だったと言う。

 誠さんは真依さんの抵抗にあって新型コロナワクチンの第1回目接種すらできず、息子の乳幼児向け接種も自閉症になるという理由で中断せざるを得なくなった。そして、このような一家の内情を誰にも話せないまま2年間が経過した。

 真依さんは難関大学を卒業した知的ビジネスエリートで非科学的な考え方や陰謀論とほど遠い聡明な人物だった。彼女は我が子を健康的に育てようと育児情報を探すうち、オーガニックや無添加食品を重視してワクチン接種に否定的な見解を持つ子育てアカウントをインスタグラムで見つけ出した。ただそれだけのできごとが家庭を揺るがす問題の発端になったのである。

 真依さんの変化は意外なところに現れた。

「妻がとつぜん種苗法改正の話をして『そんなことぜんぜん知らなかった』と言いだしました」

 真依さんはインスタグラムで交わされた会話を信じて、種苗法改正の趣旨からかけ離れた陰謀論じみた説で社会の仕組みを知った気になっていた。また彼女は友美さん同様に別のSNSに誘導され、預金封鎖など金融界の怪しい噂をささやく投資アドバイザーと懇意になるなど世界がいっぺんした。

 ビル・ゲイツがワクチンにマイクロチップを仕込んだ。第5世代移動通信システム「5G」の電波を浴びるのは電子レンジに入るのと同じ。こうした陰謀論に目覚めはじめると変貌は加速した。「世の中の裏表を知らなくてはいけない」と時事問題についてはDHCテレビの動画配信番組「虎ノ門ニュース」の論調をまるごと信じ、医療についてはキチガイ医を自称する内海聡医師を信奉して彼の著作や、砂糖玉を薬がわりに使うホメオパシーの解説本が本棚に並ぶようになった。

「子供を守る立場の母親として自覚が芽生えて、ママ友コミュニティーで『なにも知らない自分』に気づいたところを陰謀論につけいられてしまったのではないでしょうか」
と誠さんは言う。

 有機野菜に入れ込むくらいで生活に大きな差し障りがないなら妻に一定の理解を示そうと思うが、息子の養育にどれだけ影響が出るかわからず「このあたりで止めなければならない」と誠さんの胸中に危機感が交差する。

「すぐにでも新型コロナのワクチンを接種したいんです」

 取材を終えようとしたときつぶやいた誠さんの表情には、ずっと誰にも言えなかった本音を口にできた開放感がひろがった。


反論がない空間で不安を解消

 ママ友は子供同士が友だちではないのはとうぜんだが、母親同士も子育てをするうえで利点があるため集まっているにすぎない。では利害と打算だけの関係かというと、これもまたちがう。

 武市久美氏が2013年に行ったSNS上のママ友についての調査では、

・同じような悩みを抱えていたことが分かりそれを共有できた。(自分もママ友もホッとした。)。
・子どもの病気についてどんなものが流行っているかママ友に教えてもらったり、不安やイライラで押しつぶされそうなときに励ましてもらえてすっきりする。
・ママ友から気軽に情報がもらえる。

【子育てにおける SNS 利用について -「ママ友」コミュニケーションに着目して-)】

といった証言が集まり、[SNSをママ友コミュニケーションに取り入れて子育て情報の入手や悩みの解消をしていることがわかった]としている。

 友美さんと真依さんもまた、自分と配偶者だけで子育ては不可能だろうと不安を抱いて頼るべきママ友を探した。

 しかし悩みや不安を解消してくれる情報が正しいとは限らず、誤りがあってもママ友集団内ではなかなか訂正されない。なぜならママ友のママ友によるママ友のための不安解消は、同調しあって共感をはぐくむことが目的で、情報の正しさは二の次だからだ。誤りがある情報への反論や否定は、同調や共感を邪魔する雑音として嫌われるのである。

 本田千晶氏、鈴木裕子氏の2016年のママ友についての調査では、面倒を避けるため意図的に距離を置く「作為的な壁や溝」が付きものであることが指摘されている。

概念名   作為的な壁や溝
定義    何かから避けるためであったり、自分を守るためであったりする意図をもって表面的に付き合ったり距離を置いたりする。
理論的メモ  面倒くささや疲れ、を感じる前に自ら相手との距離をつくったり、自分にとって親しい人とそうでない人の区別をしたりすることで、母親間の煩わしさを避けようとしている。

【母親間の人間関係が構築されるプロセス ──専業主婦における「ママ友」に対する捉え方を通して】

 正しくない情報を伝える人やこれに賛同する人がいて気になっても、相手と距離を置いてやりすごしておしまいになるのだ。

 生活意識、趣味性、階層でふるい分けられるインスタグラムのママ友関係が好まれるのは、同調しやすく共感が得られやすく自分好みの不安解消策が期待できるからだ。これは取りもなおさず付き合いの面倒くささが少ないことを意味している。

 友美さんと真依さんが参加した自分にそっくりな女性がいるママ友集団は、心地よさとの引き換えに賛同ばかりで反論がなく情報に誤りがあっても訂正されない空間だったのである。誰かが持ち込んだ誤った不安解消策が連鎖して、取り返しがつかないものに成長してしまったのだろう。

 

ママ友と詐欺師と伝道師

 ニセ医療は、理論や効果を信じているうえに自らが広める使命感を抱いた「エバンジェリスト」と、まったく信じていないか部分的にしか信じていない詐欺師「インポスター」によって勧誘が行われている。

 取材と観察から、他のニセ医療事案と同様にママ友集団内にエバンジェリストとインポスターがいて、ニセ医療が伝えられているほかクリニックやサプリメントの販売などに誘導されていた。

 

 エバンジェリストはママ友集団のアカウント主である場合もあれば、集団内で感化されて他の人々に伝道している者もいる。インポスターはSNSにママ友アカウントや専門家アカウントを開設しているほか、ママ友の一人として集団に入り込んでいる。

 生活意識、趣味性、階層が似通った人々が集まるインスタグラムのママ友集団は苦労してターゲットを探す必要がなく、同調から共感を生み出しやすい特性もある。その人が集団ないで信頼を勝ち得さえすれば、邪魔されることなく一方的に情報を拡散できるのだ。

 さらにニセ医療は「利権や儲けのため何者かが悪事を働いている」と標準治療を誹謗して説得力を得ようとするので、陰謀論との親和性がひじょうに高い。ニセ医療が浸透すると陰謀論が入り込み、陰謀論があればニセ医療が入り込むのである。医療陰謀論のみならず他の陰謀論まで信じ込んでいる人を標準治療に引き戻すのはほぼ不可能だ。

 これまでニセ医療をめぐる言論は、ニセ医療とされる行為とこれを行う医師や施術者を語ることに費やされてきた。そこにはニセ医療に騙されないための啓発もあったが、騙される人々の5W1H(誰が、いつ、どこで、なにを、なぜ、どのように)が注目されることは少なかった。またエバンジェリストとインポスターがニセ医療を布教する構造をあきらかにしたのは筆者がはじめてではないだろうか。

 いまニセ医療はママ友を介して深く浸透している。そして友美さんと真依さんはニセ医療の被害者だが、同時にエバンジェリストとして加害側に回っている可能性がある。前回、「がんを放置したい人が先か放置を勧める医師が先か」と放置療法をめぐる状況を整理したが、騙される人々を含めてニセ医療を構造としてとらえない限り解決や救済は難しいと言わざるを得ないのである。


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