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YouTubeではじまる宗教体験と目覚めの高揚感

著者:X(ケイヒロ)、ハラオカヒサ

第一部

人が変わってしまった

・一方的に迷惑をかけ続ける人たち

Qアノンやビルゲイツのマイクロチップ説、地球平面説、ピザゲート、アメリカの月面着陸ねつ造説、イルミナティ、ニューワールドオーダーなど「極少数のエリートが世界を配している」という主張がある。

このような主張をする困った人たちに振り回されてはいないだろうか。偏執的に特定の考え方に傾いてしまった家族や知人を対処しきれず疲れ果てていないだうろか。

2020年1月以来、1年半の長きにわたっているコロナ禍で人それぞれの苦労が続いている。そしてコロナ禍の副産物でありながらウイルス以上に対処の方法がわからないのが心の問題だ。

なかでも冒頭に列挙したような邪悪で強力な集団や人物による陰謀や謀略ができごとに関与しているという信憑性が乏しい話を信じて、社会や経済や公衆衛生に損害を与えようとする人たちはやっかいだ。

家族や知人には何食わぬ顔をして、SNSや街宣活動で嫌がらせを続けている人もいる。原発事故後の混乱期に登場した困った人の場合、後に警察ざたになったり訴えられ何も知らなかった家族が驚く例があった。

こうした人々は、「疎外されている」などと被害者意識が強く周囲に迷惑をふりまく加害者であることをまったく自覚できない。ひとたび注意されると、無理解であると言い出し攻撃されたなどと反抗するので手が付けられなくなる。

・どれくらいの割合の人が何に影響されたのか

陰謀論者がいったい人口の何割くらいいるのかとなるとはっきりした数字を示す調査はないようだ。しかし「ワクチン接種をしたくない」と答えた人のうち1.1%が「権力者の陰謀」と答えた調査結果がある。100人のうち1人というのは多すぎる気もするが、迷惑を振りまく予備軍を含むとするなら妥当な感じがしなくもない。(リーディングテック株式会社『コロナワクチンに関する意識調査』2021年2月19日~2021年2月22日実施)

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2020年アメリカの調査では「新型コロナウイルスは中国政府が武器としてつくり出したもの」や「アメリカ疾病対策センターがドナルド・トランプ大統領の力を弱めるために新型コロナの脅威を誇張している」と回答した人が、それぞれ別に3人に1人の割合だった(ペンシルベニア大学のアネンバーグ公共政策センター調べ)。

上記の回答は陰謀論とまで言えないものかもしれないが、定説となる根拠がないまま信じたいものを信じる人たち、陰謀によって世界が操作されていると考えやすい人たちの数として特に驚くべき割合ではないだろう。3人に1人の割合は、私たちが容易に騙され、騙されたまま誤った考えを主張しやすいことを表している。

テレビ番組で「納豆が効く」という大袈裟な表現があったり、まったく効き目がないものが持ち上げられてスーパーマーケットの棚が空っぽになったのはこれまでに一度や二度ではない。この例を思い出せば、普通の人たちの危なっかしさが理解できるだろう。

スーパーマーケットの店頭で「またテレビで何かやったのか」と舌打ちしたくなる経験が度々あったように、陰謀論や偏執的な考え方に染まる発端が動画とYouTubeである場合が多い。「またYouTubeか」なのだ。

どのようにYouTubeの動画が関係しているかは以前紹介しているので興味があるなら読んでいただきたい。

20代女性Kさんの場合

・それはどのような体験なのか

インタビューに至る経緯:筆者が数年前に仕事をしたKさんから挨拶と売り込みの連絡を受け取ったのが発端。実家に戻ったので今まで通りのペースで仕事はできないが引退ではないと伝えられ、折り返し確認をしたことから様々な事情がわかった。

(本人の許諾のもとインタビューを掲載)

──職業を教えてください。
K「モデルやイベントのコンパニオンとナレーションのお仕事をやってます」

──半年前(2020年末から21年1月頃)にコロナ肺炎や自粛についてどう思っていましたか。
K「いろんなことがおかしいし怪しい感じでした。むちゃくちゃ仕事がなくなっていて●●(実家がある都市名)にもどってこいと言われて、どうしてこうなるんだろうと悲しかったです」

──仕事がなくなるのはきびしいですね。
K「自粛って言われるのはわかるけど、バイトもないってやけおこしてる男の子とかいて、やりすぎだろうと感じました。イベントの仕事がぜんぜんなくなって、こんなのおかしすぎると周りの人たちも言っていたし、ネットを見てると同じ意見の人が多かったです」

──そんなに同じ意見の人が多かったのですか。
K「去年はほとんどそんな感じでしたけど、おかしくないって人でしたか?」
──そこまで多いとは思わなかったので。
K「多かったですよ。仕事がぜんぜんなくて、ずっとやらないと決めていた夜のお店の宣伝の撮影を受けたときも(撮影現場で)みんな同じように言っていて、いままで知らなかった業界もそうなんだ、うらんでいるんだと感じました」

──精神的に追い詰められていたように感じますが。
K「みんなで鬱だねって。どこにいても、とつぜん重いものがやってきて歯を食いしばってトイレで泣いたり。地下鉄に乗っているのがつらくなって、ドアが開いて飛び出して訳がわからなくなってパニックになったり」

──いろいろ自分でも調べたと聞きました。
K「これ見た?って、LINEで教えてもらって。自粛が続くのはおかしいと思っていたら、一部の人が得する話だったのか、やっぱりそうだったのかぁと……」

──「これ見た?」というのは何のことですか。
K (スマホを手に取ってこちらに見せる)

──ネットの何ですか。
K「YouTubeもあったしfacebookやTwitterの人からも」

──どれがいちばん重要な感じでしたか。
K「内容がちゃんとしていれば重要だし、ときどきどうでもいいのもあったんですけど、深い説明はYouTubeでって感じですね」

──かなり信じたそうですね。
K「(笑)まぁ。もやもやしてうまく言えないけど、教えてもらったらはっきりすることってありますよね。そうだよ、そうだよって」

──説得力があったのですね。
K「トランプさんとか、(ジェフリー・エプスタインの)島の話とか、知らなかったことが一気にわーっと。そういうなかにコロナの答えがちゃんとあったのはびっくりしました」

──それはYouTubeの動画ですね。どのような説明の動画でしたか。
K「コロナが世界中でひどい、アメリカでマスクや自粛に反対する人たちがデモをしている……ニュースと同じような感じで、これには理由があってとひとつずつ説明が」
──日本語でしたか?
K「日本語のナレーションと字幕です」

──それだけを見て「そうだよ、そうだよ」となったのですか。
K「それだけだったかはわからないですが、次のを見てみたらすーっとつながって。最初はなぜコロナなのか、マスクなのか、自粛なのかだったんですが、世の中がどうやって動かされたか次(の動画)で説明があって、島の話で忘れられなくなりました」

──エプスタインの島が印象的だったのですね。
K「アメリカの小学生くらいの女の子が大きなお風呂の準備をしているの見たことないですか? 気持ち悪すぎます」

──それが本当かとか、意見が正しいかとか、ほかの人に聞いてみましたか。
K「やってることがひどすぎて、イラストや漫画だったら嘘かもしれないけどYouTube(動画)だから本当だなって。みんなそう思ってるから教えてくれているので」

[補足:「動画だから本当」は、ジェフリー・エプスタインが所有する島の施設で撮影されたとする動画のクオリティーが高く、冗談やデマを拡散するため制作したとは思えなかったという意味。こうした動画が証拠として挙げられ、アメリカのデモ映像なども組み合わされて説得力があったということ]

──こうした経験で鬱はどうなりましたか。
K「お金がつらいのはありました。でもトイレで泣いたりパニックしたりはよくなってました。お酒が飲めないので、タバコを吸わないのに吸ったら楽になるかなと買ってあったのを吸ったり」

──では別の人にも教えてあげようとかは?
K「ちょっと見てって教えたんですけど、話をしただけでヤバくない?、カオスって反応で、自分でうまく説明できないからそのままに。だから最初に教えてくれた子や別のグループと話をして」

──みんなそう思っているというのと、ヤバくない?という人がいるのは矛盾していませんか。
K「全員、というのはないかな。まあ、みんなというか。最初の反応で拒否られた感じがしたら説明はしないです」

──YouTubeって深いのですか。
K「詳しい話はこっち見てと言われるのがYouTubeで、15分とか30分とか説明があるので、短い(文字数の)facebookやTwitterとは違うと思うので」

──同じ量の説明が文章だったらやっぱり深いと思いますか。
K「深いです。でも読まないから……読まないです(笑)」

──いまも信じていますか。
K「……信じるとか信じないではなくて、どうでもよいかなと忘れていたような」
──なぜ忘れたのでしょうね。
K「仕事が。●●(実家がある都市名)に戻って仕事の手伝いをやっていると、そっちに慣れるのが忙しくて。高校のとき手伝ってたのとちがって、お客さんから社員と見られるから責任が半端ないのが(笑)」

──最初に教えてくれた人や、グループといまも連絡をとっていますか。
K「切れてはないですが、話はしてないです」
──いきなり話をしなくなったのですか、それとも何かあったのですか。
K「●●(実家がある都市名)に戻る前と後で、戻るから地元の子たちと話したりするのがほとんどになって、気晴らしになったしなつかしくて。戻ってからずっと会っていなかった人と会ったりしていたら、S(陰謀論を教えた人物)からのLINEとかが目が滑って話にうまく乗れなくなったので、うまく返せないのもあってそのままになって」

──ところで順番がきたらワクチン打ちますか。
K「打ちます。それと、たぶんそうしたほうがモデルとかイベントの仕事で有利そうですよね」

「忙しいのと家族といるので(以前の)半分くらいしかネットを見ない」生活になり、スマートフォンのバッテリーも倍くらい持つようになった感じだそうだ。

納豆が新型コロナ肺炎に効くと聞いてスーパーマーケットの売り場を目指す人がいたように、陰謀論に接近して覚醒する人がいる事実はもっと知られたほうがよいだろう。

生活とスマホと動画

・Kさんの環境だけが特殊だったのか

首都圏の20代から30代前半(一人暮らしの大学生と会社員)の男女計4名の暮らしぶりを聞いた。

テレビかYouTubeか選択するのではなく、なぜテレビをわざわざ観るのか動機づけが必要なのが彼らの感覚だ。

だからテレビをよほど理由がないかぎり観ない。新聞は購読料が高すぎるから論外だが、テレビを観る時間がないし、観たい番組を録画しなければならないのは面倒だし、そもそも観たい番組がほとんどない。

YouTubeのように好きな番組を好きなとき観られるのが普通であって、家に帰ったらテレビのスイッチを入れるといった習慣はない。

成人する前に既にYouTubeがあった世代にとって、動画を視聴するプラットフォームとしてYouTubeを選択するのは自然なことであるし、YouTubeを基準に他の動画メディアを評価するのもあたりまえだ。

YouTubeの視聴習慣は次のような過程で成立する。

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スマホを手に取るやLINEやSNSをチェックしてYouTubeを観るのはごく普通の流れだ。紹介されたリンクを踏んだり、サイトの埋め込み動画で知らなかったジャンルや番組やチャンネルをYouTubeで発見する。

そしてYouTubeから勧められた他の動画を観る。

次回以降は、気に入ったジャンルや番組やチャンネルを直接視聴する。YouTubeから勧められた他の動画を観る。この循環に入り、面白いものをSNSなどで他の人につなげる。

PCを起動させないのか? コンピュータを持っていないか、使わない人もいるが、持っていてもこれくらいのことに起動させる程ではない。

・KさんのようにYouTubeから陰謀論はよくある話なのか

若年層とYouTubeの関係は以前記事にした際の推論とも合致している。

記事の主人公TMが陰謀論に目覚めるのにYouTubeが重要な意味を持っていた。

ともすると百家争鳴状態にあるツイッターが陰謀論の温床になっているように考えがちだが、元ネタはYouTubeが供給し、ツイッターは仲間内の交流、共感や同調、連絡のため使用されていると見て間違いないように思われる。そしてツイッターよりLINEが利用される傾向がある。

ではGoogle trendsのデータで陰謀論への興味がどのように推移したか観てみることにする。

コロナ禍初期から現在までのWEB上でのQアノンへの関心、ディープステート(アメリカ合衆国闇の政府)への関心に、陽性者数の増減イメージを重ね合わせると以下のようになる。

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Qアノンとディープステートについて情報が更新されたり、報道されたり、どこかで誰かが話題にした影響があるだろうが、2021年1月あたりまでは新型コロナ肺炎の陽性者数の増加と興味の増加に相関があるのではないかと思われる箇所がある。

確たることは言えないが、Kさんの体験にあったように社会不安や経済不安から陰謀論に接近する例は多いのではないか。それは、

1.不安や疑問を抱く → 2.検索する。おすすめされる → 3.YouTubeの番組に出会い視聴する 4.感情が動かされ、類似の番組を更に視聴する(チャネル内で梯子する) → 5.陰謀論を信じる 6.YouTube内やSNSで同好の士がつながる

という流れをスマートフォン上に生み出している。

以前の記事のTMに加え、Kさんと20代から30代前半の男女計4名の証言とはいえ、現実と大きく食い違ってはいないだろう。

・スマホで宗教的体験

偏執的な考えを宗教と表現するのは抵抗があるが、陰謀論やデマで目が醒める感覚、啓示を受ける感覚、生まれ変わった感覚を語る証言は多い。こうした体験をした人たちは、宗教ではないと主張するが宗教的体験以外の何ものでもないように思われる。

体験に至る理由は断定しにくいものの、情報を並列的に扱いにくいスマートフォンの構造やネットリテラシーの欠如が関係しているのは間違いない。さらに、そのときの精神状態がよくないなら尋常ではない体験に拍車がかかるだろう。

これは体と精神を極限状態にもっていく修行と称するもので神を見たり、悟りを開いたつもりになるのと似ている。

いずれにしろ他人やYouTubeからおすすめされるまま同種の情報に触れ続けることになり視野狭窄状態に陥っているのは間違いなく、情報をうのみにしている点はインターネットを使いこなす技術に問題がある。

[彼女が慈善事業から、コロナは茶番、ノーマスクピクニックに変わるまで]では、「私はやたらに信じない自信がある」と自己分析していた人物が動画を1、2本見ただけで陰謀論にはまっている。

さらにネット上の視野狭窄と異様な高揚は若年層に限った問題ではない。この10年ほどでネットデビューした高齢者にネットリテラシーの欠如が甚だしい例が多くみられ、これは被曝デマや風評被害を助長していた複数の人物の言動からもあきらかで、彼らもまた高揚した精神を持て余して暴走していた。

ではテレビを習慣的に観たり新聞を購読すれば危険性は回避できるのだろうか。情報リテラシーの欠如が原因なら、これらがあってもあまり関係ないだろうし、昨今のマスメディア自らがフェイクニュースや扇動的報道をしているのだから始末が悪い。

またネット断ち、スマホ断ちをするだけでは意味がないだろう。

・スマホで宗教的高揚感

KさんがYouTubeを通して陰謀論に触れたのはわかったが、彼女はなぜ引き返せたのだろう。

それは体験の深度の差だったようだ。

陰謀論やデマを鵜呑みにし、宗教的体験を感じるまでの流れは以下の通り。

スマホ

1.陰謀論や極端な主張は、結論が断言され、それが真実であると強調される。
2.不安や悩みに対して「答え」が与えられ、疑問を抱いたり考察する必要がない。
3.いままでわからなかったこと、不安だったことに答えが与えられ、啓示を授けられたような高揚感が得られる。
4,「みんなが同じように疑問に思っていたことを、こうしてみんなが理解した」という錯覚に陥る。
5.自らが覚醒した人として使命感に燃え、高揚した気分が持続し続ける。

「みんなが気づいている」と言い「騙されている人が多い」と言うのは矛盾しているし、自分たちはまだ多数派ではないとする認識も同居している。これは文字通りの矛盾もあるだろうし、同じ陰謀論を信じる集団中心に世界を見る視点ならではの意識かもしれない。

前述のKさんは[5]に至る直前で陰謀論からフェードアウトした。最終段階で高揚感が使命感に結びつくと、宗教的体験としての陰謀論から抜け出せなくなるのではないか。

第二部

輸入品の陰謀論は動画から

・Kさんの元に陰謀論はどのように伝わったのか

多くの人が気づいている通り、Qアノンはもちろん、反ワクチンの元ネタは圧倒的に海外で生まれたものだ。

Qアノンの陰謀論を例に考える

時系列

Qアノンの陰謀論は2017年にアメリカで芽生えた。掲示板、動画、報道から陰謀論の存在が伝えられた。

日本には2018年10月頃翻訳記事として報道があり、この段階では情報通とされる人や陰謀論の研究家などが話題にする程度だった。当時からQアノンを追っているなら、かなりの通と言ってよいだろう。

2018年12月頃から信者といえるような人々が日本にもはっきり現れはじめる。この段階でQアノンの陰謀論を紹介する動画があったものの初期の転載翻訳情報は主にブログで伝えられた。

2019年になるとQアノンを専門に語るブログ発信者の顔ぶれが固定され、ブログ数は増えもせず減りもせずの状態になる。いっぽう動画は内容の多様化しコンテンツ数を増やしている。こうした情報はツイッターで取り上げられはじめたが、まだ数が少なかった。

2019年まではツイッターで紹介されたQアノン情報はブログとYouTubeの動画が半々だったが、2020年のアメリカ大統領選から現在まで動画優勢の状態が続いている。いまだにブログや陰謀論を扱うサイトの記事が引用されているが更新頻度が低く話題が古びている。

図中に示した[Qanon  日本支部]を自称するサイトはトップページ上部からYouTubeの動画が連続してレイアウトされている。動画がないとお話にならないのだろう。これが「動画優勢」の何よりの証明かもしれない。

2020年頃から大手SNS等で陰謀論やデマへの規制が強くなると、それ以前から陰謀論に利用され温床化していたマイナーなSNS(アメリカの右翼色が強いGabやロシアのTelegramなど)への陰謀論アカウントの移動が目立つようになった。

現在、YouTubeでも他のSNSでも陰謀論とくに新型コロナ肺炎関係、反ワクチン関係のものはいたちごっこで削除されているが入門編が次から次へ掲載されている。KさんがSから紹介されたものもこうした情報だった。

ここでまたGoogle trendsでQアノンへの関心の推移を見てみよう。対比させている赤線はキーワード「陰謀論」への関心だ。

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日本国内からのグーグル検索でキーワード「Qアノン」が有意なデータとしてカウントされるのは2018年からで、やはり2020年のアメリカ大統領選で大きく注目を集めている。この間にQアノンを解説するコンテンツが増えていき人々の関心に応えたと言える。

そして注目すべきは「陰謀論」についての関心が歩調を合わせて以前より高くなっている点だ。あきらかにQアノン効果で、Qアノンと言えば陰謀論・陰謀論といえばQアノンとなったのだ。

この相乗効果に乗った陰謀論もあれば、乗れなかったものもある。国内の古参陰謀論者が特に目立ったようには思えない。


・以前から陰謀論者はいたはずだが

なぜKさんの元に、国産の、過去から続く陰謀論が届かず、主にQアノンだったのか。

Xみずはらしおり

その陰謀論がコロナ禍と結びつくものではない。世界の秩序を網羅的に説明するものではない。世界規模で興味を惹かれるものではない。若年層が関心を抱く内容ではない。文字情報は読まれない。がんばってSNS上で解説される断片を読み解いて行っても、書籍を買わなければ「あがり」にならないのはハードルが高すぎる。

といった傾向が国内の陰謀論者に共通しているかもしれない。

書籍出版で権威確立と自説拡散を目指すビジネスモデルは、Qアノンに限らず現代の陰謀論では見向きもされないものと言ってよい。こうしたビジネスモデルは、信者を囲い込んで物品やサービスを販売する場合と、これらを講演と連携させるとき有効なのではないだろうか。

SNSにリンクを貼れば誰もが平等に容易に情報にアクセスできる陰謀論、しかも動画で次々紹介される陰謀論の強みは一目瞭然だろう。また、こうした陰謀論が従来型や過去のカルト宗教とまったく別の目的で動いているとも言える。

陰謀論者の構造とコロニーの人々

・陰謀論者の4形態

現代の陰謀論者は下図に示した4形態に整理できる。

Kさんは深入りする手前でフェードアウトしたが、彼女と彼女を誘った人たちを[一般陰謀論者]と位置付けてみた。

4形態

[一般陰謀論者]が信じるものや、その大本を作り出している人たちを[原典]とする。

[原典]とは別に、原典の内容をまとめたり翻訳したり動画を作成して公開する[エバンジェリスト]がいる。

何気なく「陰謀論者」と言ったとき思い浮かべるのは、SNSを使用していて目に付くフォロアー多数を抱えた[パワーアカウント]かもしれない。

彼ら彼女らはQアノンの例で言えばアメリカ発の情報を伝えるか、既に翻訳されている動画等を紹介して、残りの字数で自分なりの感想等を書く人だ。

[パワーアカウント]は新説を発表する訳でも、陰謀論を更新しているのでもない。自称Qanon 日本支部が[パワーアカウント]か別にして、動画などを通じて陰謀論を紹介し、その陰謀論をもとに行われるデモと関わりがあるだけなのが象徴的だ。

[原典]に新たなものを付け加えるのは、原典に沿った説得力のある説をつくれるとも限らず、カトリックからプロテスタントが生じたような分裂や反抗になる可能性さえある。そしてこのようなものを誰も望んでいないのかもしれない。日蓮宗と創価学会の関係を思い浮かべるとわかりやすい。

だから[パワーアカウント]にできることは限られ、[一般陰謀論者]より頭抜けた存在であり続けようとするなら陰謀論芸人として目立つか、デモの呼びかけや取りまとめをして実績をつくるかしかないのだろう。

[エバンジェリスト]になるのに資格は必要ないが、もっとも労力と時間と献身が必要なのは間違いない。

そして大多数が[一般陰謀論者]で、彼らが陰謀論を現実世界へと反映させている。陰謀論の実態が[一般陰謀論者]ということになる。

・Kさんを誘った人たちとコロニー

掲示板やSNSに登場する[一般陰謀論者]を観察すると、彼らが同じ集団からやってくるのではないことがわかる。また有力者な誰かに統率されている訳ではないのに気づく。統率されているとしたら陰謀論の[原典]の影響だけだ。

陰謀論者特有の言い回しや独特の名詞を用いている人で、反陰謀論の意見を除外したあとに残るアカウントを観察した。

リツイートやいいねの数が多い話題のアカウントはフォロワー数が多い[パワーアカウント]の比率が高いが、陰謀論を唱えている人そのものの数だけでなく発言回数を考えるとさほどフォロワー数が多いと言えない小集団の存在が見えてくる。

また[パワーアカウント]がリツイート数を稼いでいても、[一般陰謀論者]は[パワーアカウント]のツイートをリツイートするのではなく、独自にソースを紹介する場合が多い。

これは反ワクチン論を盛んに主張するアカウントにも言え、フォロー・フォロアー数ともに100人から500人程度の小集団が、他の集団と強いむすびつきがない状態で点在している。小集団同士を結びつけるハブになる人物は少数しかいない。このため小集団が結びつく多細胞的構造にはならない。

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集団そのものが小さくクラスターと呼ぶほどでなく、独立している様子はコロニーと呼ぶのがしっくりくる。

こうした構造はLINEのグループに似ている。

LINEで結ばれた友達の人数は[100人以上200人未満]がもっとも多いという調査がある。そして、[200人以上300人未満]と[300人以上400人未満]を合わせた数は、100人以上200人未満の人数に匹敵する。

いっぽう「本当に仲のよい親友しか登録していない」「連絡を取る人しか友達にならない」とする人は[50人以上100人未満]の友達登録だった。この程度のクラスターが構成員相互で均等にコミュニケーションが取れる上限なのだろう。

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だがツイッターでは[0人以上100人未満]のフォロー・フォロアー関係は多数派ではない。[200人以上300人未満]程度の集団も含まれるが、かなり小さな陰謀論者のコロニーが形成され、50人から100人くらいが親密に交流している様子はLINE的と言える。

陰謀論、反ワクチンといったツイッター上の小コロニーはLINEとツイッターの使い方を折衷して、陰謀論をめぐる共感を確認し合う使われ方をしているようだ。

だから根強く広がる

・Kさんはどのようにして染まったか

現代の陰謀論は下図のようにして伝播する。

ルート

一次情報または一次情報の翻訳版=[原典]が誰もがアクセスできる状態でWEB上にある。このなかで有力な伝播装置になっているのがYouTubeだ。

こうした情報に有力陰謀論アカウント=[パワーアカウント]がアクセスして、話術やキャラクターを加味してフォロアーに情報を伝える。二次情報であり転載だ。

[一般陰謀論者]は[パワーアカウント]に依存する必要がなく、独自に一次情報または一次情報の翻訳版にアクセスする。新しい情報を得るにはYouTubeの陰謀論系チャンネルに登録したりブログ等をブックマークしておけばよいだけだ。

ルート2

このため一般の陰謀論者は小さなコロニーに分散していても何ら不都合はないし、仲間内だけで親密な交流ができる状態を心地よく感じている。むしろ彼らにとって重要なのは[パワーアカウント]ではなく[エバンジェリスト]なのだ。

とはいえ[エバンジェリスト]その人が尊敬される訳ではない。[エバンジェリスト]の働きに人気は集まるが、[原典]が重要であり最も尊重されなくてはならない。

Kさんは友人の名前を出した以外は、[パワーアカウント]と[エバンジェリスト]のアカウント名は挙げなかった。「小学生にはヒカキンが人気」とか有名YouTuberの動向が話題になるといった現象は、陰謀論ではあまり重要ではないのだ。

・教祖、経典、伝道師、あとは全員ただの信者

陰謀論者のヒエラルキーは以下のようになっている。

ヒエラルキー

支援者、信者、ゆるい参加者の境界は曖昧だ。たとえば、ゆるい参加者が陰謀論デモに参加して注目を集めれば支援者枠に出世する。パワーアカウントは実世界でどれだけ活動するかでエバンジェリストにも支援者にもなり得るし、ただの騒がしい信者に留まるだけかもしれない。

このため出世したい者はヒエラルキーが高位の行動に参加する。

だがエバンジェリストとして陰謀論を紹介・布教し続け功績を認められるのは簡単ではない。

なぜエバンジェリストが重要なのか。

それは陰謀論が「宗教」であって、原典を逸脱せず、わかりやすく伝道し続ける人が求められるからだ。どれだけフォロアーを多数抱えたパワーアカウントであっても、原典を勝手に解釈して拡張したり批判したりすれば「不正義」であり「悪」でしかない。

このような情報伝達体系があるから陰謀論は根強く広がり、過激化はすれど穏健化したり容易に消滅しない。教祖、経典、伝道師、あとは全員ただの信者という構造は実に堅固だ。

会って聞いて、調査して、何が起こっているか知る記事を心がけています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。ご依頼ごとなど↓「クリエーターへのお問い合わせ」からどうぞ。