【第11話】富士吉田の合戦 遠州もののふ 松井家地侍 井戸六輔薫長
馬の息が荒くなってきた。六輔はどうどうとなだめながら、それでも速度は落とさずに急いだ。
六輔は岡部左京進の陣を見回っていた時から具足を着けたままだった。馬を走らせ続ける伝令は軽式の具足を着るのが普通だが、動転していたこともあり、そのまま乗っていた。今もまだそれに気づかず、六輔は手綱を握り締めた。全身から汗が噴き出していた。足袋と草鞋が滑りそうになる。わずかにでも速度を落とすと、額の汗粒が目に入ってくる。膝上あたりに奇妙な浮遊感があらわれてきた。馬を走らせているというよりは、しがみついているような気分にさえなった。六尺の六輔を背負っているのに、いさましいいななきをあげて寺院の舗装された参道に入っていった。
ようやく六輔は本陣までたどり着いた。身延山の中腹に建てられた久遠寺から扇状に広がる山地に広く柵と櫓をつくってかがり火を焚いている。
「何者か!」
ここにも道に沿って関所が設けられていた。
「岡部左京進の使いの者にござる! 本陣の大殿に火急の報せがござる!」
「しばしお待ちを、お取次ぎいたす故、御用を」
途上の瀬名伊予守の陣と同じことを言われたが、関所の長であろう者はまず旗印を見て格子門を開き、落ち着きをもって六輔に応対してくれた。この違いは主と配下の人物の差だろう。その為、六輔も礼節を守って馬を下りた。
「お頼み申す。それがしは松井左衛門佐が家来、井戸六輔薫長。武田は抜け道を用いて本陣を奇襲するおそれがござる」
他の者に動揺を与えないように声をひそめて付け句すると、関所の長は驚愕に目を見張り、素早く身を翻して暗夜と灯火の間を駆けていった。代わりに番兵が水と握り飯を持ってきてくれたので、思い切り頬張った。異様な体躯の六輔ががっつく様を番兵たちは奇異なものを見るように眺めていた。
ここまで来て、六輔は焦りはしなかった。山道に入ったという武田騎馬隊より先に到着することが出来たのだ。すくなくとも己の任は果たせた。
(それにしても……静かだな)
一息ついて本陣を見回してみると、その静かなことを疑問に思った。先鋒の岡部左京進の陣でさえ、戦勝に沸いていた為に奇襲を受けたのだ。後方の本陣とあればもっとお祭り騒ぎになっていたはずだ。異変を察知して警戒を固めているとしても、瀬名伊代守の陣のような浮き足だったような気配もない。本陣に座る大殿――今川駿河守氏輝は物腰柔らかな見た目に反して軍規が厳しいのだろうか。戦勝に浸ることさえ許さないほどに――
「お待たせいたした、井戸殿。殿の帷幕までお越しくだされ」
先ほどの関所の長を連れて、太守氏輝の近習の脇侍と思しき武士がやってきて、六輔を招いた。あらためて一礼して関門をくぐり、本陣の中を歩いていく。途上、見渡してみてもやはり戦勝祝いをしていた余熱のようなものもなく、隙間無く全員が具足を着こんで警戒している。
六輔はむしろ違和感を覚えた。ここまで警戒しているとは、まるで――
(はじめから奇襲を警戒していたかのような……)
とまで思える。さらに疑問に思うのは、この警戒をおそらく岡部左京進は知らなかった。でなければあれほど動揺して六輔を伝令に立てたりはしなかっただろう。
かがり火は煌々と焚かれているが、陣中の張り詰めた空気は深い闇を思わせる。六輔が案内された足利将軍家の一門を示す丸に二つ引の帷幕――この帷幕の向こうにあの若い国主がいるとは到底考えられなかった。
その予感が正しいことは、すぐに証明された。
わずかな灯篭だけが置かれた本陣にはわずかな数の武士がいるだけで、当主である今川駿河守氏輝の姿はどこにも見当たらなかった。
そして、空の首座の脇に立つ黒衣の人物に六輔は驚嘆した。
「雪斎殿……!」
「お久しゅうございます、井戸殿」
人の頭を押さえつけるような重低音は忘れようがない。それを聞いた途端に六輔の胸の傷がまた疼きだした。
太原崇孚雪斎――五郎氏輝の弟の栴岳承芳に輔佐として遠江にいるはずの男がなぜここにいるのか。
「実を申せば、太守様はここにはおられませぬ」
徒労を詫びるよう慇懃に頭を下げて雪斎が切り出した。
「栴岳承芳様はこたびの合戦で左京太夫殿が奇襲を用いて太守様を討たんとされるであろうことを苦慮されて、拙僧をこの地に遣わしたのでございます」
「み、見抜いて、ござったのか……いかにして」
「大きくはこちらの諜報芳しからぬことと、勇猛で知られる左京太夫殿が姿を見せぬこと……この二点で左京太夫殿が我が軍を国内に引き込もうとしていると推察されて、拙僧が夜通し参った次第であります」
「ということは、合戦が始まっておらぬうちから、見抜いておられたと」
「左様」
六輔は愕然とした。天から俯瞰しているとしか思えぬ。あの涼やかな顔で片頬をついて、微笑む貴公子の顔が脳裏によぎる。
「寡兵をもって地の利を得る者は、すなわち将を討つ者であります」
雪斎が指を立てて教示した時、帷幕に入ってきた者があった。
「雪斎殿、敵兵が見えました」
六輔を案内した者と同じ甲冑を着ている。おそらく太守氏輝だけを別の場所に移して、その陣営をそっくり雪斎が借り受けているのだろう。当然ながら、そう簡単に軍隊を譲り受けられるはずはない。太守氏輝が雪斎を信頼し、輔佐に立っていた朝比奈備中守も説得してのことだ。
(まさか、我らの大殿への挨拶もまた、この事の布石だったのではないか)
天と地を引っくり返すような考えに六輔は身震いした。松井左衛門佐宗信との会話で少なからず太守氏輝は栴岳承芳に負い目を感じていた。その心の機微さえあらかじめ予想して動いていたというのか――
(馬鹿げた妄想だ。そんなことは有り得ない)
かぶりを振って考えを否定する間にも、雪斎は厳かに指示を出している。
「ご苦労、手はずどおりに動くよう徹底されよ。指揮はこのまま私が執る。井戸殿、伝令として参られた貴殿からまず聞きたいことはひとつ」
「はっ」動揺を表さないよう、ひざまずいて顔を伏せた。
「岡部左京進殿は健在か」
「健在であられます。ただいまは後続の武田勢を食い止めんと戦っておられるはずです」
「ありがとう」黒衣の僧侶は重々しくうなずいた。「左京進殿がご健在ならば、まず心配はいるまい。我々はこれより来る兵だけを迎え撃てばよい」
「雪斎殿……」
六輔は大きな戸惑いを感じていた。そんな若輩者の巨躯を尊ぶように雪斎は低頭した。
「井戸殿、あなたの役目は誠に有意義でありました」
眼差しと声音に穏やかな風を乗せて雪斎は説いた。
「伝令の役目とは、その大半が変事無きことを報せるものです。それこそがなによりのことなのです。我々がもっとも恐れていたことは左京進殿が討ち死になされることでした。後顧の憂い……いえ、この場合は前方にありましたが、憂い無く戦えるということは、百万の味方よりも頼りになることです。井戸殿はそれを報せてくれた。立派な武功にあられます」
「……御意」
説法を聞くうちに、いつの間にか涙を流していた。己の労苦が正当に評価されただけに過ぎない。しかし若者にとってはそれすらも乏しい経験だったのだ。
ほうっておけばいつまでもその場にひざまずいていたであろうが、鳴り響いた半鐘の音が六輔を現実に引き戻した。
「来たか」
重々しく黒衣の僧侶が呟いた。
「井戸殿、お役目願いたいことがあります」
敵軍接近の報せに顔を拭って立ち上がった六輔に雪斎は言う。
「間もなく武田軍はこの本人にまでやってきます。そのようにわざと道を空けるようにしております。護衛は充分に置いていますが、井戸殿にも加わっていただきたい」
相手の望みを一度は叶えてやり、それ以上の代償をいただく。一死九殺の計。敵の狙いは総大将、今川駿河守氏輝の首級であるから、こちらは本陣への突撃までは遂行させてやるのだ。その為に計を案じた太原雪斎自らが囮となって本陣を機能させている。雪斎によって再配置された陣営の中に、敵先鋒の騎馬隊が入り込んだ時、その出入り口を塞いで殲滅するという。
「拙僧も、誠の合戦というものは初めてにございますれば、失策も有り得まする。相手は武田左京。その精鋭の騎馬隊をふところにまで誘き寄せるのです」
六輔には太原雪斎が充分すぎるくらい落ち着いているように見えるが、生まれて間もなく寺に預けられた雪斎はこれまで合戦の経験が乏しかった。
「京にいた頃には夜盗悪党、土一揆の鎮圧に駆り出されることはありましたが」
雪斎も六輔には劣るものの上背があり、僧衣の内側の肉体もよく引き締まっていることがわかる。物腰も据わっており、地面に手を着いているような姿は想像できない。
しかし六輔は躊躇なく応じた。
「承りました」
雪斎は槍立てから二本の槍を取り、一本を六輔に渡した。
「これを使うといいでしょう」
「お預かりします」
槍は小姓などが近い距離で使う一間半の長さで、六輔が普段扱っているものより短くて細いが、問題なく振り回せる。
にわかに陣内がざわめき始めた。騎馬の脚音が聞こえたと思うが、気のせいではないだろう。この本陣の足軽たちが敵兵の存在を認識したのは間違いないようである。
「井戸殿」
六輔のことを呼んでいるが、六輔だけではなく帷幕内にいる太守近習の脇侍全員に向けて喋っているようだ。
「事実を申せば、我々がここで騎馬隊を待ち受ける必要はありませぬ」
遠くない距離で焙烙が破裂し、音と光りが暗い夜を照らした。
「左京太夫の狙いを看破して太守様をお隠しした段階で既に我々の勝利にございます」
やがて聞こえてくる確かな蹄音と雄叫び。置き去りにされた狂乱の悲鳴。
「それを、わざわざ引きつけて討ち滅ぼそうというのは、完璧なる戦を求めて終わらせる為にございます」
地面が抉られる音。手綱を引かれて棹立ちになった汗馬のいななき。
「この中の全員が皆殺しになることも有り得ます」
血走った掛かり声。
「武田の精鋭騎馬隊が決死の覚悟で攻めてくるのです。全員が討ち死にしようとも、太守様の首級ひとつをあげればよいと」
殺到する狂気。
「しかし、それを完璧に突き崩してこそ、誠の策略が望み得るのです」
帷幕が斬り裂かれ、血泥の颶風が突入してきた。
「今川駿河守! 御命頂戴致す!」
騎馬隊は、先着した二人が帷幕を斬り落とすことで、騎乗したまま突入してきた。その数は岡部左京進の陣で見た時よりも多かった。第一隊と第二隊とが合流し、脱落者を除いて四十二騎であった。
そして、彼らが手にしている特異な武具を目に捉えた時、六輔は傍らの黒僧を乱暴に突き飛ばした。
「井戸殿!」
何をする、という声はもはや届かなかった。雪斎のいた場所に立っている六輔に向かってくる騎馬武者――その手が持っているのは三又の熊手がついた鉤縄だった。
しゅっ、しゅっ、と鉤縄が投げられる。六輔はひとつを槍でいなし、ふたつめは避けたにも関わらず、駿馬に引っ張られた熊手が肩当てに噛み付き、大きく姿勢を崩された。
「うぐっ! おのれ!」
浮きそうになる足をばたつかせ、すんでのところで地面を踏みしめて縄を掴むことができた。屈強な甲州馬といえども、筋肉を詰めた六尺漢を引き倒すのは容易ではなかった。
「ぬうぅん!」
腰を下ろし、全身を発奮させて縄を引いた。縄は馬の鞍に巻きつけられており、異様な力を受けた馬が棹立った。
突然の馬の嫌厭に騎乗者が狼狽の声をあげて振り返り、まさに信じられないものを見たという具合に目を剥いた。
「おのれ、下郎!」
引きずり殺すつもりだった騎馬武者が憤り、踵を返しつつ太刀を抜いた。直接殺そうというらしい。
馬がこちらを向いたことで鉤縄が緩んだ。
「来い」
六輔はすかさず太刀に手を伸ばす――が、その瞬間に別の鉤縄が六輔に巻きついた。
「しまっ……!」
不覚に声を洩らした時には視界は逆さまになっていた。新たに現れた騎馬武者が新たに鉤縄を取り付け、不意打ちに六輔を引き倒したのだ。
「はっはっはっはっ!」
聞き覚えのある声だった。
「井戸六輔! 貴様の首は工藤下総守が家臣、小野田豊三郎がいただくぞ!」
なんという因縁か、六輔を引きずっているのは、昼間の合戦にいたあの小野田某であった。先頭に立つ荒武者であるのだから、この決死隊にいるのは不思議なことではないが、こうして再び相見えることになるとは。
「貴様に受けた恥辱千万、ここで晴らしてくれようぞ!」
唾液交じりの笑い声など聞いていられなかった。その間にも六輔の身体は引きずられ、地面に幾度となく叩きつけられ、跳ねては陣内のあらゆる物にぶつかった。激痛と共に回り続ける視界の中で一瞬だけ映ったもの――六輔を案内した近習が二本の鉤縄に巻きつかれ、左右に引っ張られて身体を裂かれる光景に怖気が走った。
「やろうめ」
朦朧として呂律が回らないまでも、六輔は呟いた。小野田某――もう名前など覚えていない――が哄笑高らかに馬を走らせ、六輔は引きずられ続けている。どこを走っているのかも見当がつかない。ちらりと陣幕や柵が視界に入るので、まだ陣営を引きずり回されているのだろう。
「晒し者にしてやる」
六輔の分厚い身体でも頭がぼやけるほどの痛みが積もっていた。血と骨の軋みを怒りに変えて、何十回目かの地面との衝突の間に太刀を抜いた。
そして左手で鉤縄を掴んだ。熊手はがっちりと襟元に食いついており、はずすのは容易ではない。六輔は縄を掴む手元に太刀の刃を沿わせた。
朴訥で無愛想とも捉えられやすい男だが、こと白兵戦の機転に関しては群を抜いていた。渾身の力で右手を引くと縄は断ち切られた。あらゆる力の作用から解放された六輔は地面を七回転半も転がってようやく止まった。
「必ず殺してやる」
打ち傷、擦り傷、切り傷――全身から血が流れていた。頭にずっしりと重石が乗っているようだった。右目の視界に朱が混じっている。決して離しはしないと握り締めていた太刀で支えて身体を起こす。その向こう側で獲物を落とした騎馬武者が吼え散らかす。
「おのれ畜生めが、素っ首刎ねてくれる!」
だかっ、だかっ、と馬を強く跳ねさせて小野田某が近づいてくる。馬上から振り下ろす長めの太刀を抜いて六輔に迫る。
敵は決死のつわものであった。しかし六輔も既に必死の覚悟である。
「晒し者にしてやる」
六輔は太刀を左に持ち替え、腰に吊っていた投石袋を、紐ごと引きちぎった。彼我の距離は二十歩ほど。狙いを定めずに投げつけた。
「また石か! 卑屈者め!」
ゆるんだ袋の口からいくつかの石がばらまかれたが、小野田某は馬の面に当たりそうなものだけを長尺の太刀で払いのける。
「晒し者にしてやる」
足取りおぼつかなく念仏のように唱え続けていた六輔は敵手の技量など見てはいなかった。石を投げるやすぐに脇差しを抜いていた。
「ぬぅ!」
六輔は脇差しすらも投擲していた。先ほどの投石袋とは違い、気合を入れて顔を上げ、しっかりと騎馬武者の鼻面を的にして投げている。
騎馬武者はかろうじて太刀を振るい、脇差しを弾くことには成功した。その瞬間、確かに視点は徒歩立ち武士からは逸れた。
「彼奴が、消えた……っ!」
そう見えたのはのは僅かな間のことで、視線の下方には潜り込むような姿勢の井戸六輔薫長がいた。しかし馬上にあって動かせるものは何もなかった。
「うおぉぉ!」
唸り声は地の底から這い出てくる鬼を思わせた。左手で太刀の切っ先を据え置き、馬の首めがけて突き刺した。柄の頭に右の手のひらを押し当て、突進する馬の衝撃に力の限り踏ん張り、刀身が硬い筋肉に埋まって衝撃が鍔に直撃するや、手を離して跳んだ。
着地と同時にそのまま倒れ付してしまいたい気持ちを抑えつけて六輔は立ち上がり、振り返った、馬はしばらく走り続けていたが、力尽きたように脚を折り、横たわって荒い呼吸を噴かしている。その傍らで小野田某が転げまわっている。
「おぉ、おのれぇ! 足が! 足がぁぁ!」
六輔の刺突は馬体を貫き、小野田の足にまで届いていたらしい。痛みを発散しようととにかく暴れて絶叫しているが、それは遠巻きに二人の争いを見ていた今川方の足軽を呼び寄せるだけだった。
たちまち十数人の足軽たちに騎馬武者の身体は組み伏された。同じ数の暴力を受けて悲鳴をあげ、やがてそれは小さくなっていく。足軽は野犬のような浅ましさで死体に群がり、太刀、甲冑から隣りの馬からも鐙や馬鎧を剥ぎ取っていく。
精根尽き果てていた六輔は、呆然とその有様を見ていた。最後に裸となった騎馬武者を囲んで、足軽たちはいっそう殺気をみなぎらせた。今しも同士討ちが始まろうとした瞬間、重厚な声が頭を押さえつけた。
「そこまでにせぬか、おぬしら」
「……雪斎殿」
そこには黒衣の僧侶、太原崇孚雪斎の姿があった。その着衣に乱れはないが、手に持っている槍の穂先にはべっとりと血がついている。六輔が身を挺して助けた後、自らも奮戦して騎馬隊を食い止めたようだ。
「その将の首はそこにおられる井戸六輔薫長殿の手柄だ。おぬしらにも後に恩賞を渡そう。ただちに持ち場に戻るがよい」
雪斎の声音は今までとは比べ物にならないほど厳しいものだった。足軽たちはあっという間に萎縮して、散り散りに離れていった。
雪斎は騎馬武者の死体を担いで、六輔の傍へ運んだ。
「井戸殿の手柄にございます。工藤下総守小野田豊三郎と言われましたか。工藤下総守といえば、甲州武田家の家老格。その先駆けを討ち取ったのでございます」
立っているのがやっとの体だが、六輔は脇差しを抜こうとして、それを投げつけてしまったことに気づいた。
「脇差しがござらん」
思わず笑いが出た。実際には口中に溜まった血のせいではっきりとした音声にはならなかったが、空の鞘を見た雪斎が懐から小刀を貸してくれる。
小野田豊三郎の死体は裸でうつ伏せにされている為、六輔は首根に刃をあて、体重をかけるだけで断ち切ることができる。
人間の肉に刃が入り込む。少しずつ力を入れていくと、やがて硬い骨にぶつかる。
「むん」
がっ、と骨を割る音がして、小野田豊三郎の首が落ちた。
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