見出し画像

日記:一人称が揺れ動く

みんなはどのような一人称を使ってるのだろうか.
「私」,「俺」,「自分」,「ワイ」

日本語は不思議な言語で,かなり適当に人称を決めることができる.
それによって含まれる情報,伝えたい情報も若干変化していく.性別も,ありたい自分も,場合によっては所属ですら表現ができる.

僕はよく一人称を変える.いや,正確には「変わってしまう」の方が近い.そのときの自分にあった一人称を,無意識のうちに選び取るようだ.
使いたいもの,使い慣れているもの,ぴったりのニュアンスのもの,それらが拮抗して,今の一人称を選択する.

言葉はただの音のはずなのに,そこに入り込む音そのもののイメージ(堅そう,すかすかしてる)や文化的・経験的に絡みついた意味が,その言葉の感じ方を決めるということが,人の脳の判別能力の高さを物語っている,と僕は思う.

一人称が変わったら性格が変わるのだろうか.
感じ方が変わったから一人称が変わるのだろうか.
記憶は連続していても,それは違う自分と言っていいのだろうか.

書いているうちに何が書きたいかよくわからなくなってしまった.今回はここまでにしたい.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?