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まとめⅩ「湿った夏が始まる」

窓を開けて入ってきた風が、湿り気を帯びていた。
カレンダーで6月になることを知るより先に、梅雨の便りを肌で感じる。

Spotifyでシャッフルすると、「夜空綺麗」が流れてきた。読書のBGMにするつもりだったのに、しっとりと語りかけてくる声につい心が引っ張られる。
ふと思い立ち、この機会に「湿った夏の始まり」と自分とをゆっくりと重ねてみることにした。

2018年にリリースされた「湿った夏の始まり」は、未だに触れる度に新鮮さが残っている不思議なアルバムだ。

M1.格好いいな

ピアノリフと、駆け上るストリングスから始まるイントロには、これから始まる物語への気持ちの高まりを感じる。
緩やかな16ビート、奇数拍の裏にアクセントを置く前のめりなシンコペーション、不安な色を持つマイナーセブンスのコードを基調とした進行。
これらが重なり、複雑な感情のぶつかりは、複雑なまま昇華されていく。
aikoを知り尽くした島田昌典だからこそ、この難解な楽曲をほどかずに濃密なサウンドへと作り上げることができたのだろうと思うと、二人の歴史が垣間見えるようで、感慨深い。

あたしの泣いた顔はブス それを見る笑った顔も 格好いいな

字面は自虐的な「ブス」が表立つが、
他の人には見せたくない泣き顔も、見せられる間柄になれたことをくっと噛みしめている幸福を感じる歌詞。

ちなみにイントロのストリングスの頂点はFm7(add9)の9音目にあたるGを当てていて、「ボーイフレンド」のAh〜のぶつかりを彷彿とさせる。

溢れる感情は高まったまま、次の曲へリレーを繋げる。

M2.ハナガサイタ

打って変わって、エレキギターがメインのアッパーチューン。
ライブでは定番になったこの曲は、去年参戦したライブでも、LLP、LLRともに披露されていた。
色華やかにライトアップされたステージで、くるくると歌い回る姿が今も目に焼き付いている。

M3.ストロー

「君にいいことがあるように」のリフレインが印象的で、若い世代にも人気の高いこの曲。(歌詞カードはあまり見ないほうがいい。(小声))

シロフォン主導のポップなサウンドで幕を開ける曲で、ありふれた日常を尊び、相手を想う素直さが満ちたメッセージに惹かれる。 
OSTER Projectとタッグを組んでから、早くも6年目となるが、一つの到達点となったであろう作品である。

M4.あなたは

ホーンセクションが加わり、ぐっと年齢も体温も上がって、アダルトな雰囲気がマシマシに。
初期の「好き好き大好き!」なパワーは自然に抜け、逢えなくなってしまった相手に想いを寄せる歌詞に恋愛観の変化を感じる。

M5.恋をしたのは

古い記憶を呼び覚ますように、しなやかに紡ぎ出す言葉一つ一つが大切に歌い上げられた一曲。
包容力のあるストリングスが曲の支柱となり、浮き沈みの激しいメロディーをぐっと支える。

編曲の川嶋可能さんというと、知ったきっかけがおかあさんといっしょの「コロンパッ!」だったので、このようなストリングス+バンドアレンジも手掛けられる幅の広い方だと知ってびっくり。
これまでライブでは、aikoとも関わりのあったアレンジャーだったようで、aikoの普遍的な世界観を彩ってくださる方がより増えて、嬉しい気持ちになる。

M6.ドライブモード

FM802のキャンペーンソング「メロンソーダ」の競合作でもあったというこの曲。普段は詞先のaikoが、珍しくメロディーから取り掛かった、と語っている。
曲だけ聴くと、「夏服」でいう「アスパラ」に対をなす、明るく若々しいメロディーが印象的。
しかし、「アスパラ」を高校の教室での嬉し恥ずかしエピソードだとすると、「ドライブモード」はいたずら好きな彼女(?)が押し掛けた彼氏の部屋での出来事だ。
KANのラジオにゲスト出演した際に、歌詞について言及されたaikoはなぜかファンタジーな戯言で濁していたが……。嫌いになれない一曲。

M7.愛は勝手

半音進行で終始上下する独特な「らしい」一曲。
ジャズのようで、シティポップのようで、掴みどころがなかったため、iTunesの概要欄を覗いてみると「エレクトリックピアノがノスタルジックに響くソウルテイスト」の曲と書いてある。

「ソウルテイスト」がいまいちピンとこず、調べてみた。
そもそもソウルとは、「R&Bから60年代ごろに派生した音楽」とのこと。有名な曲として、「Stand by me」や「Only You(The Platters)」が挙げられていたので、試しに聴いてみると、思いの外聞きなじみがある。
中には「ソウルジャズ」というカテゴリで、このようなアーティストも見つけた。

オランダ最高峰のソウルジャズバンド「Tristan」
黒人歌手が眉間にしわを寄せて熱唱するステレオタイプが一掃され、想像以上にファンクなホーンセクションとドラム…。今に続くソウルやジャズはむしろ垣根がなくなりつつあるのだろう。勉強になるなあメモメモ…

M8.夜空綺麗

冒頭は、なぜか殺気立ったストリングスと絡むボーカルで始まるロックナンバー。音域とメロディーの高低差が激しく、歌いこなすのは至難の業だろう。
サビがキャッチーながら男性的で、LLR映えへの期待が膨らむ、個人的にはお気に入りの一曲。

M9.予告

想定外のスキャットにポップさが光るポジティブソング。この楽曲制作の前後の期間は、私生活でも沈みかけていたタイミングだったようで、自身を励ます意味合いも強かったのだろう。

M10.あたしのせい

「スカパラみ」が垣間見えるスカソング。
明るい未来を予告した次曲に、過去を悔いる情緒不安定さがaikoらしい。
しかし、空元気なサウンドがギャップを生み、思うようにいかなかった過去へのもどかしさが引き出される。詞先のaikoならではの妙技なのかもしれない。

M11.うん。

ここで挟まれた緩徐楽章。シンガーとしての力量を一番試される難しい曲である。
呟くように始まる「あなた」への想いが溢れ、サビで一気に放出されるロングトーンはとめどない恋心を表現しているよう。
間奏で挟まれるフェイクのハイノートは、これまでにない音域に挑戦したとのこと。「こんなこともできるよ」と相手にアピールしたいのに、勇気を出せない自分とのせめぎ合いが見える等身大、かつ渾身の一曲であろう。

M12.宇宙で息をして

ポップソングの神髄、aiko節の真骨頂がここにきて登場!
「湿夏」のラストスパートは、決意にも似た凛々しいブレスで開幕を告げる。
「宇宙で息をする」ように、忘れることなんて無理だと思っていた恋が、あっけなく時間とともに離れていってしまうという人間模様が描かれた歌詞。
「気付かれないように」では王道のバラードで「あの時」を前向きに回想できていたが、この曲の「あの時」には、時間の経過とともに離れていく相手と記憶を繋ぎとめたいと切望している様子がうかがえる。

コードは、お得意のメジャーセブンスで始まるが、Gメジャーの曲と思いきや、なんと切なさをはらんだCM7、つまりEmの代理コードから出発する。アウトロもCM7で終了。
さらに、ワンコーラスのうち、Gに着地するのは、サビの最後の2拍間だけ。それまで一度も出てこないうえに、すぐに離れていってしまう。
なかなか安心できない揺れ動く心が、そのまま音楽に反映されているように思えてならない。aikoの醍醐味を味わえる一曲だ。

M13.だから

そして、いよいよ最終曲。個人的に、どことなく桑田佳祐のバラードを感じさせるメロディー。

優しいボーカルとピアノに、寄り添うようにしてストリングスが絡み、ドラム隊がじっくりと足元の感覚を探りながら踏みしめるように歩みを始める。
あっという間に時が過ぎ、夏への高揚感は、静かな秋の足音へと変わっているかのようだ。

「人間はコンピューターではないから、残りの充電も、相手のHPも、痛みも辛さも全てを知ることはできない。
でも、目を見れば、言葉を交わせば、手に触れられれば、少しは分かちあうことができる。
だから・・・。」
というメッセージが伝わってくる。

自粛期間に入り、文明の発達による「オンライン」での交流は、よりメジャーになった。うわべでの情報交換であれば十分事足りるが、相手の目の奥は見えない。
言葉は交わせるが、触れることはできない。

ライブも同じである。
あの熱気も、歓声も、拍手もオンラインでは体感できない。「当たり前」だった日々が、遠い過去の記憶のように思えてしまう。

近い将来、aikoやジャンキーさん達とライブできる日が来るのだろうか。
ライブハウスでまた目と目が合って、笑い合える日を心待ちにしよう。

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