その他大勢の2人


とある文芸コンテストに応募したのですが、残念ながら賞はいただけなかったのでこちらでシェアします。



渋谷、毎日沢山の人々が行き交う街。
それに比例するように、沢山の感情が集う街。
笑ったり泣いたり、出会いと別れを今日もこの街で人々は繰り返す。私もその大勢の中の1人だ。


今の私は彼で形成されているのではないかと思うくらいに、誰よりも尊敬し、憧れ、好きな人がいた。

東京では冬が降ると予報された、ある夜。
ランタンがじんわりと灯る薄暗い店内で、記念日を祝うカップルたちを横目に、私はまだ飲み慣れないお酒を飲んで、ぽつりぽつりと会話をした。

「昔のことを思い出すことはある?」
「たまにね」

「これまでキスとか、したことあるの?」
「…あるよ」

「今でも、俺のこと好きなの?」
「…わからない」

全部嘘だった。

その夜、初めて好きな人と手を繋いだ。

いたい、いたい、くるしい、きつい、あつい、きもちわるい、きもちいい、なんだこれ。こんなぬるま湯のようなしあわせなんて、私、しらない。

ああ、私って女の子なんだね。胸が膨らんでいることも、変な穴があることにも意味があったのね。そして貴方は男性なんだね。私たちは男女なんだね。凸凹を埋めることが出来るんだね。

ねえ、やっとひとつになれたってことなのかな?

ううん、私たちは他人だね。私は彼そのものになりたかったんだ。でもそれは間違ってたんだね。いくら身体を重ねても、言動や考え方を真似しても、ひとつにはなれなかった。

あの時だけじゃない。もっと早く、嘘なんてつかなければ、本当の意味でひとつになれたのかな?

知識だけじゃない。幸せや悲しみ、憎しみさえ、何もかもをいつも彼から教えてもらう。昔も今もずっと。じゃあ私はいつ彼から卒業出来るのだろう。この街からいつ卒業出来るのだろう。


時間は過ぎる。
あれから何回東京に雪が降っただろう。
もう貴方の形も忘れてしまった。
貴方の薬指は私のものじゃなくなった。
されど今日も渋谷に人々は集まる。

会話がテンポよく弾み、貴方にはない誠実さがあって、貴方より背が高くてヒールを履いても大丈夫。
ねえ、君だったら、ずっと一緒にいてくれますか。

誰と来ても、私はあの夜を思い出してしまうんだろう。

こうしてまた私はこの街に取り込まれていく。

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