2024.08.12 能登原付旅・前編~一瞬の閃光「ックバック」~
原付で石川に行ってきた。石川の日本名水百選を2つ見て回った。朝4時半にアパートを出て15時半くらいに帰ってきた。往復でだいたい240キロ、9時間くらい原付を運転していたようだ。
まず国道8号線を西へ走った。いつもこの国道はおびただしい台数の車がひっきりなしに長蛇の列を成して走っているイメージがあるが、朝4時ということでほぼ車がおらず、珍しい光景を感じながらスイスイ走ってた。
しかしこの時間帯に小雨が降ってきた。予報では曇りで雨は降らないはずだったのに。眼鏡もTシャツもビショビショにしながらそれでも走ってたら、高岡市で北上した辺りで雨は止み、キレイな朝焼けを眺めながら軽快に走ってた。それ以降雨は降らなかった、いやーよかった。
そこから氷見市に入り、ここがランジャタイ国崎さんの生まれ故郷かぁ、どうしてこんなのどかな地域からあんなのが出てくるんだろうかと不思議がってた。
おかしば ※1 で言ってた、パチンコ屋の裏手にある、ある日突然「氷見古墳」という名前が付けられたただの小高い丘らしきものもあった。名前はちょっと違ってたけど ※2。
そして石川に入った辺りで、雨上がり・早朝・山間ということもあって寒くて寒くて仕方なかった。道路にたまにある温度計ではその時、22℃を示していた。羽織った方がいいくらい。
事前に原付専用の経路検索をアプリでしていたら、かなり右左折の少ないルートを出してくれたみたいで、もちろん原付だから走るのに時間がかかるというのもあるけど、ずーっと道なりに走ってばっかの旅だった。感覚が狂うくらいの道なりだった。
景色はいいけどあまり変わり映えしない道を延々と走り、ちょっとでも面白がれるスポットはないかと目を光らせていた。
そんな時に道端に濡れて開いた本を見つけて、エロ本かなと思って視線を落とした。そしたらくるまってて一部分が隠れてたが、どう見ても表紙に「ックバック」と書いてあって、えっ、ルックバックじゃね? なんで? と思い、原付を路肩に停めて引き返して確認した。
やっぱりルックバックだった。しかし単行本ではなく、映画の入場者特典でもらえる原画? ラフ? みたいなアナザーバージョンだった。しばらく軽く読んでいた。登場人物の名前が藤野と京本じゃなかったり、風で飛んできた4コマ漫画のタイトルが違ってたりしてた。
藤本タツキさんの名字「藤本」を、「藤」と「本」に分けて「藤野」と「京本」にしてるところに、藤本先生の魂が込められててよかったんだよ。だから俺は泣きそうになってたんだよ。だから原本だなー、初版だなー、そこから練りに練り上げて今の傑作になったんだなー、なんて思ってた。
原本では××××× ※3 の画が多かったが、そこを単行本では真逆にしていることも知った。それは果たしてどっちがいいのだろうか、俺としては原本の方もなんかいいなって思ったんだよなぁ。
能登原付旅のはずなのにいつの間にかルックバック感想文になっちゃったよ。誰だよ劇場特典版ルックバックを道路にポイ捨てしたやつは。捨てんなよこんなレアもの。
そんなこんなで1か所目の名水「藤瀬の水」※4 に着いた。7時半くらいになってたかな、もう3時間も運転してたのか。
しかし先客がいたのだ、しかも自動車で来てて、ありったけの水をタンクに汲んでいくつもりの人だった。時間がかかるやつだぁ…、しかも高齢者だよ。なにを水道代をケチりたいがために老体にムチ打ってんだよ、怪我したら元も子もねーだろ。
おじいさんに話しかけて許可とって、離れた隙を狙って写真を撮ることもできたが、水道代をケチる欲望の塊の現れであるペットボトル1本、ポリタンク1箱すら写真に入れたくないのだ。写真を見返した時に欲望の塊なんか入ってきてほしくない。
だからそのおじいさんを眺めて圧をかけてたら、また別の若い夫婦が自動車でやって来て大量の水を汲み始めた。まだ待たないといけないのかよ。しかもおじいさんと若い夫婦が談笑し始めてさ。
上の注意書きにも「混み合ってる時はポリタンク5個(ペットボトルなら20本)までにしてください」って書いてあんだろ。3組いたら混んでんだよ。結果的に写真を撮った時には8時半になってたわ、1時間も待ってたのかよ。
でもそれはそれで別にいいってことにしたんだ。原付で旅に出たのはデジタルデトックスのためでもあるんだ。ネットばっか見てないで外に出て、水の音を聞き、水の冷たさに触れ、水を飲み、自然に囲まれなさい、ということだったから。1時間何もせずにボーっと待ってるというのもよかったのかもね。
石川県北部を旅するにあたって、通行止めとか枯渇とかしてないか調べた。できれば名水スポットは初見で拝みたいから日頃は調べてないが、これは調べざるを得なかった。ある人のブログでは「行けるは行けるが、水質が変わって飲めたはずなのに飲めなくなった」とあった。
しかし言ってみるとそのような注意書きはどこにもなく、その談笑でも「飲めます?」「全然大丈夫よ」と聞こえてきたため、飲むことにした。味は、まあ、普通だったね。名水の味とかどこも一緒だし、というか水に味とか無いし。
スマホを見たら圏外の表示が出ていて、デジタルデトックスしてんなぁと思ってた。ただ電話のアプリに1件の着信が来てた。誰だ盆休みに電話してきたやつは。LINE電話じゃなくて本当の電話を。圏外だから気付かなかった。
電波が通じるようになったら確認して、場合によっては折り返すかと思った。そして後々見たら、非通知の着信が朝5時に来てたようだ。誰だこんな非常識な時間に素性を明かさずに電話してきやがったバカは。取らなくて、気付かなくてよかったわ。
次に向かうのは輪島市の古和秀水(こわしゅうど)。水と書いて「ど」と読む。奥能登である。いよいよ本当に行けるかどうか分からない。事前にリサーチするのもうっかり忘れていた。
藤瀬の水から西方面に走って峠を越えて、西能登の海岸線に出た。ゴツゴツした岩肌が露出していて、ところどころに赤色の岩もある。特定の箇所だけ隆起していて、なんか灯籠がぽつんと置かれているみたいだった。
富山県内で海のキワキワを走れる道路が無いから、念願の海岸線ツーリングだった。海の青さや波の音を五感で味わいながら、加えて良かったのが海岸線を走る路線バスがあるみたいで、バス停が等間隔にあったのだ。ここをバスで通るのもいいだろうし、バス停でバスを待つのもいいなぁ。
そういや能登半島地震で津波って来てなかったっけ? キレイな西能登の海だったよと思って今しがた調べたら、津波が来たのは東能登の方だったみたい。
地震といえば倒壊してペチャンコになった家だってあったのだが、それよりも目についたのがそんな家の真隣に、ピンピンしてて被害の無さそうな家もあった。
もちろん家の中が散乱したとかはあったろうけど、片付ければどうにかなるじゃん。かたやペチャンコになって8月になっても工事の手が加えられてない家もありゃ、かたや引き続き住める家もある。
その差もそれはそれで住民たちは苦しいんじゃないのだろうか。
道路のコンクリも、修繕されてるとこもあればまだヒビ割れてるところもあった。そのヒビの中から何かしらの雑草が生えていたところに、転んでもただでは起きない生命の神秘を感じてた。
※1 文化放送で放送されている「ますだおかだ岡田圭右とアンタッチャブル柴田英嗣のおかしば」という番組。ポッドキャストでも配信されています。
※2 放送で国崎さんは氷見古墳と言っていたが、おそらく正式名称は「柳田布尾山古墳」と思われる。1998年に発見された古墳で、たしかに歴史は浅い方だと思う。
※3 ネタバレ防止のため、伏せ字にしています。
※4 病に効く名水というのは多々あるが、ここの水は神経痛に効くそうです。そういう伝承が残っています。神経痛に効いたという伝承って何だよ。
絶景や名水、原付のことはさておいて、ルックバックの話をさせてほしい。そんなのはもう写真を載せてるから満足しただろう。ただあくまでもマンガのストーリーの話ではない。
1日かけた旅で目的地は2つ、あとの時間はずっと原付を運転しているだけ。日記冒頭にも書いてあったが11時間の日程で運転していたのが9時間と、明らかに計算がおかしいのだ。残りの2時間で名水を眺めて、昼飯を食って、いわゆる「観光」をしていた。
そんな旅は、つまんないものだと思うだろうか。出かける前にそんなグチを言うことなんていくらでもできる。だからこそ必要なのが、何でもない道のりを自分から能動的に楽しむ姿なんだと思う。
「ちょっとでも面白がれるスポットはないかと目を光らせていた」自分のこのやる気を、姿勢を、褒めたあえてあげたい。「面白いスポット」ではない、「面白がれるスポット」である。自分の空想・妄想次第では面白さが何倍にも増幅して、何でもない現象にも1人ケタケタ笑っている、そんな「すべては自分次第」な出来事を探していた。
俺は何にもない道をただ走らされているんじゃない。俺の心さえ高鳴れば、どんな道だって最高の旅にできる。この旅が面白かったかヒマだったかは、他人が決めることじゃない、俺自身が決めることだ。
そうやってこの世界を不器用でも自分なりに楽しもうとしていた姿を、神様みたいな存在が見てくれていたのだと思う、あんな朝早い時間から。俺の行き先に、劇場特典版ルックバックを用意してくれたのだ。
生まれながらに眼光鋭く生きてきたおかげで、原付で走りながらそれでも視界の端くれの「ックバック」という文字に気付けたのだ。自分の視覚過敏っぷりに感謝している。視力は悪いからメガネをかけてはいるんだけど。
俺にはあのポイ捨てされたルックバックが、一瞬の閃光に見えた。雨がやんでキレイな朝焼けが俺の視界を明るくしてくれたように、地震における通行止めで徒労に終わる可能性だってあったこの曇天旅に「面白がれ!」というまばゆい光を放ってくれたのだ。
それが自分の感性から決して目をそらさずひたむきに信じ続けることの尊さを描ききった、ルックバック本編のストーリーともなんだかリンクしているように思えるなんて言ってしまうのは、少々大げさだろうか。
少なくとも俺1人くらいは信じてみてあげたい。学級新聞の4コママンガからの成り上がりで大雨の中ダンスしていた藤野に胸を打たれた俺なら、こんな曲がりなりにもな俺版ルックバックだって信じてあげたい。
そう、信じることの大切さを教えてもらった旅だったのだ。それはこの一瞬の閃光以外にも、能登原付旅・後編で触れることになる、偶然流れてきたとある1曲からも学んだのだ。それはまた来週の話。
「藤瀬の水」も略したら「藤の」になるよね(クソ考察)。