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社長の出産。会社のピンチがチャンスになった話。

おはようございます。
株式会社Morninglabo取締役の井上皓史です。

社長の出産、すなわち妻の出産。

ご存知の方もいるかもしれませんが、MorningLabo(以下モニラボ)の代表中村は、私のパートナー(妻)でもあります。2年前より私が立ち上げた「朝渋」という早起きの事業を中村の会社に統合した「公私混同経営」にてモニラボという会社を経営しています。

そして、公私混同経営第二章として、妻が妊娠。
7月から中村が育休突入、8月に無事出産。そして現在産休中です。

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夫としては、めちゃくちゃ嬉しい出来事なのですが、会社としては大ピンチに感じていました。モニラボの正社員は代表中村と私含め4名と小さな会社です。中村の出産は嬉しい反面、会社が存続できるのか。という不安もありました。

私:取締役→社長代理
久保:新卒二年目でプロデューサー→事業責任者
重岡:入社3ヶ月でメンバー→朝渋の顔へ

自然と残された3人の役割は変わっていきました。

私は取締役から、社長代理として大きな責任を任されました。プロデュース事業の責任者だった代表中村の後任として、新卒2年目になったばかりの久保が担当。出産間近は私も朝渋事業から離れ、3月から入社した重岡に全て朝渋をお任せし、4人の会社から実質2人のリソースのなかで毎日を推進してきました。

会社として存続ができるのか?

新しいメンバーの加入、社長の産休・育休、予期できなかったコロナの対応。客観的にみると、この半年はピンチに見えたかもしれません。しかし蓋を開けてみれば、この3ヶ月は会社として大きく飛躍しました。

朝渋のコロナ禍におけるリニューアル、プロデュース事業の新規受注、業務委託メンバーの採用など。ピンチではなく大チャンスな3ヶ月だったのです。

良い結果の要因はメンバー2人の脅威なる成長です。端的にいうと、やるっきゃない状況に追い込まれた2人の目の色が変わりました。(正直毎日怖いですw)二人のおかげで今のモニラボがあります。今日はそんな最高な仲間の3ヶ月の変化を踏まえながらメンバー紹介をしていきたいと思います。

今回は新卒2年目、久保編をお伝えしたいと思います。
(来月、後編・重岡編をお届けします!)


魂の引き継ぎの半年間

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メンバーの久保を紹介します。元々インターンとしてモニラボで働き始めたのが大学3年生の時。「モニラボを私が再創業したい!」と力強い言葉を内定式で発表し、新卒で社員第一号として入社しました。入社経緯は「私が新卒でMorning Laboを選んだ理由」というnoteをご覧ください。

久保が入社して1年間は、代表中村・私・久保の3人体制でした。仕事に対する想いや、新卒1年目としてのスキルレベルは他の1年目と比べようにならないほどピカイチ優秀だと思っていましたが、「経営視点を持つ」といった視座を一段階上げた仕事への取り組み方の欠如に悩んでいた時期がありました。「会社を再創業したい」といった言葉と行動が直結していなかったようにも思えました。

とは言うものの、原因は久保ではなく、経営陣にありました。

・経営陣の経験不足もあり、久保のボトルネックを解消できない
・自宅で中村と意思決定したものが久保に共有されるケースもあるので、久保にとっては納得感のない意思決定になってしまう。
・役員2人と久保というバランスの悪い組織体制

細かいレベルの原因はもっと沢山ありますが、会社の再創業といえる、次なる飛躍は2-3年後になってしまうかもな。と心のどこかで思っていました。

「子供を産むなどの選択肢は先になりそうだな。」と中村と話すこともしばしばありました。

そんなある日、3人でランチを食べながら、将来の選択肢を話しているときに久保からの衝撃的な言葉。

「私に気にせず、妊娠・出産にチャレンジしちゃってください!そうなったらその間私がモニラボを支えます!」

この一言がきっかけで会社の次のステージへと踏み出せたのだと思います。
そしてそこから久保の覚悟も少しずつ変わっていきました。

2020年1月。6月末の産休に向けて、半年間の代表中村から久保への魂の引き継ぎが始まりました。

・意思決定する際のポイント
・クレドに沿った行動指針の再共有
・上流のタスクの全共有

魂の引き継ぎ。

ただのマニュアルの引き継ぎではなく、上記のような定性的で言葉にはしづらい働く上での姿勢や、モニラボのあり方の理想を半年かけて経営陣から久保に共有しました。

6月末。中村の産休前の最終日の久保を見て、「覚悟の決まった顔だな。もう安心だ」と正直思いました。それだけ、不安が残らない魂の引き継ぎの半年が完遂できたのだと思いました。

社長の魂が乗り移った3ヶ月

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【社長が抜けた1ヶ月目(7月)】

久保の挑戦が始まりました。

社長がいないプレッシャーと、業務過多で、倒れないか心配になることもありましたが、7月末に話してくれた言葉が以下の言葉です。

「とにかく今月は歩けば歩くほど強敵が現れて倒すとさらに強敵が出てきて、みたいな繰り返しでした。でもその強敵を倒す時がすごく楽しくて、幸せな辛さでした。」(抜粋)

こんな辛い状況なのに、こいつ楽しんでやがるな....!!
正直驚きました。

業務過多などをセーブするのが私の役割だったかもしれませんが、彼女の突き進む道に、障壁があったら取り除くサポートをする。そして彼女がどこまで突き抜けるかを見て見たい。そんな気持ちになりました。

ちなみに、代表中村が産休に入って2週間後、何を思ったか「あ、この椅子、私使いますね!」と黄色の社長椅子を使い始めました(上記写真)。久保の中で何かのストッパーが外れた瞬間はこの時だったのかもしれません。

【社長が抜けた2ヶ月目(8月)】

久保は幸せな辛さのなかで、自信をつけ始めました。私だけでなく、もう一人のメンバー重岡や、業務委託メンバーが久保の得意ではないタスクを巻き取るようになりました。8月末に話した言葉が以下の言葉です。

「ちょっと業務過多でしたが、新しい良いパートナーさんを見つけることができたり、業務委託メンバーとも新しいお仕事を頼める関係値になったりと、9月はさらにパワーアップ&業務改善ができるのでは無いかなと思います。総じていい月でした!」(抜粋)

この頃、久保自身がタスクのキャパに限界を感じたのか、学生インターン生をほぼ独断と偏見で一人で採用していました(笑)そのインターン生もめちゃくちゃ優秀で、久保はその子に対してマニュアルを作成し、9月からのベストなリソースの使い方を8月中に準備していたのです。

【社長が抜けた3ヶ月目(9月)】

企画者から責任者へと変わった瞬間でした。9月末に話した言葉が以下の言葉です。

「今月の大きな変化は、自分が作る側から、チェック側・編集側にまわったことです。ほとんどパートナーさんに任せられました。人が作ったものをブラッシュアップするのは、自分で作るよりも難しく、より具体的かつ明確でないといけないので、そこのスキルアップにつながった1ヶ月だったかと思います。」

久保が2年前の内定式で宣言したこと。

「モニラボを再創業したい」

社長が抜けたなかで、見事に体現しているなと思いました。

もう一人のメンバー重岡からは、「たまに社長の言動が乗り移ったと感じる時がある」と話すくらいでした。

3ヶ月で圧倒的にコミット姿勢が変わったのです。

社長の魂が乗り移った3ヶ月でした。


4人体制の復活

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もう1名、重岡というスーパーリベロの話しは来月にお伝えするとして。。。

この3ヶ月は久保にとってもモニラボにとっても忘れられない3ヶ月になりました。

株式会社MorningLaboは10月から7期目に突入します。代表中村も今月から社内のmtgなどから復帰していく予定です。

MorningLaboに関わる全ての人へ。そしてこれから出会っていく大切な方にモニラボで起こった、ピンチがチャンスになった話をどうしても言葉にして残しておきたかったので、今回は内情をオープンにした話しとなりました。

また皆さんとお会いできることを楽しみに、進化したモニラボを応援いただけますと幸いです。ありがとうございました。

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▼久保のnoteをチェック!




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