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日本にルーツを持つ子供たちに日本語教育環境を

(トップの写真は「스승의 날 」(先生を敬い感謝の気持ちを伝える日)に生徒からもらったお花と手紙)

*この記事は、働く子育て女性のためのウェブサイトmolecule(マレキュール)に掲載したインタビュー記事の補足内容となります。メインの記事「『日本にルーツを持つ子供たちに日本語教育環境を』大学助教授・継承日本語教育研究者 川口慶子さん」も合わせてご覧ください。

首都圏在住の小学生100人に日本語能力調査を実施

子供の小学校入学と同時に、博士課程を始めた慶子さん。研究分野は、継承日本語にした。

継承語(Heritage Language)とは、親から引き継がれる言葉を意味する。在韓日韓夫婦である自分たちの子供にとっては、日本語と韓国語がそれにあたるが、現地語ではない日本語力の維持・向上が今後の課題となることは明らかで、当事者として深い関心があった。

韓国での継承日本語教育研究において、まずは現状の把握が必要だと考え、フィールドワークを通してデータを集めることにした。対話を通して言語能力を測る手法を用い、日韓夫婦の子供たちの日本語能力調査を行い、3ヶ月間で首都圏在住の小学生100人強のデータをとった。

対象が小学生のため、各家庭まで直接出向いての調査となった。対象の子供への30分前後のインタビューのほか、家庭内で普段使われる言語や日本語コミュニティとのつながりがあるかなどを問う保護者へのアンケートも同時に行った。

必然的に保護者とも会話を交わすこととなったが、同じ日韓夫婦といえど家庭ごとに言語環境が大きく異なることを目の当たりにしたのも大きな収穫だった。なかには日本語ネイティブであってもすべての会話を韓国語で通す保護者もいた。

保護者が想定する子供の日本語能力と、調査の結果が大きく乖離するケースも多く見られた。たとえば、家庭内でのみ日本語を使う場合だと、そこで使われる語彙はかなり限定的になる。そのため、保護者が子供との日本語でのコミュニケーションに問題を感じなくても、それ以外の内容だとまったく理解できない、といったことが起こり得る。

調査の結果は協力してくれたすべての家庭にも共有した。客観的にみた子供の日本語能力を保護者に伝えることも、自分の研究の意義だと考えている。

各地の日本語学習会をサポートする情報ネットワークを全国に

日本語補習校のない韓国では、各地に保護者が自主的に立ち上げた小規模の日本語学習会が散在している。しかし、調査結果でも明らかになったように、首都圏エリアでも、居住地域や親のネットワークにより、子供の日本語能力に大きな差が生じ、個々の親の努力でカバーしようとしても限界がある。

また、日本語学習会は運営する保護者の負担が大きく、子供が成長するにつれ解散となることも多く、持続性がなく経験と知識も蓄積されていかない、という大きな課題がある。

そのため、所属する韓国継承日本語教育研究会では、研究者だけではなく、保護者にも門を開いており、各地の取り組みを紹介したり、専門家のセミナーを開いたりといった活動もしている。各地で健闘している小さなコミュニティをつなげ、情報ネットワークを構築し、日本ルーツの子供たちに日本語教育の環境を整えるのが目的だ。今は首都圏中心にとどまっているネットワークをより広げていくため、全国の実態調査を進めているところだ。

継承日本語教育をめぐる変化を追い風に

ここ1〜2年で、継承日本語教育研究への追い風ともなる大きな変化も立て続けに起こっている。日本では2019年、日本語教育推進法が成立し、日本にルーツを持つ海外在住の子供たちへの支援が法律上にはじめて明記された(*1)。

その具体的な成果の一例として、2020年11月中旬に開催した「第1回継承日本語スピーチ大会」では、国際交流基金の後援を受けることができた(*2)。

また、2020年はコロナ禍によりあらゆる側面でのオンライン化が進んだ結果、世界各地にいる継承日本語教育研究者たちの交流が活発になり、先月は各地域の代表が集まるセミナーに韓国代表として出席した。
今後は、国内の情報ネットワーク構築を進めると共に、韓国の継承日本語教育の現状を世界に向けて発信していきたいとも考えている。

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慶子さんが所属する韓国継承日本語教育会では、各地域の日本語教室の取り組みを紹介したり、日本語教育の専門家によるセミナーを開くといった活動をしています。ご興味ある方は、以下ウェブサイトをご覧ください。

公式ホームページ:http://krkeishougo.net/
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*1:2019年、日本で「日本語教育の推進に関する法律」(日本語教育推進法)が成立した。これまで日本政府による日本語教育支援は、海外在住日本人は文科省(日本人学校や補習校を運営)、外国人学習者は外務省と、管轄が異なっていた。そのため、現地校に通う国際結婚家庭の子供たちはどちらからも抜け落ち、日本語教育は完全に各家庭に丸投げされている状態だった。今回、そういった子供たちへの支援がはじめて法律で明文化された。
*2:国際交流基金は従来外務省の管轄で、日本文化や日本語を外国人に広めるのを目的としていた。しかし、日本語教育推進法の成立により、海外在住の日本ルーツの子供たちへの日本語教育をサポートするハブとしての機能も担うことが決まった。



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