旅行について5

私がなぜ徐々に②→③にシフトしていったかというと、単純に②のスタイルに満足した、もしくは飽きていったからである。地方の観光スポットというのは、基本的には変わらない。よって一度行けば十分であり、何年もかけ色々な地方を回っていれば、徐々に行くところが無くなってしまうのである。
例えば、金沢であれば有名どころを挙げれば、兼六園、21世紀美術館、ひがし茶屋街、金沢城といったところか。私も31歳の時に行ったが、どれも素晴らしかった。心底行ってよかったと思っている。ただ、2泊3日、6〜10万円かけて、もう一度行きたいか?と聞かれれば否である。季節によって風景が全然変わるなどの考え方もあるが、私はもう一度行く時間とお金があるのであれば、それを、未知のところへの旅行に使いたいと考えていた。なので、行っていない都道府県は、鳥取、大分、佐賀、熊本、鹿児島ぐらいである。(昔、熊本/鹿児島は行く予定を立てたが、出発直前にインフルになってしまい断念した過去がある) 昔はそれこそ、全都道府県制覇などに憧れていたが、そこに無理してリソース(お金、時間、労力)をかける価値はないと徐々に思うようになっていった。

また、②の旅行自体が、事前にネットや雑誌などで調べた情報の「確認作業」になっていることに薄々感じはじめ、醒めていったというのもある。確認作業というのは基本的には予定調和であり、そこに良い意味での意外性は少ない。金閣寺に行ってみて、拝観料も払ったのに修復中でネットがかかっていた、などの悪い意味での意外性はしばしばあるが。。

そこで、結局、自分が旅行によって何をしたいのかを深く考えたところ、自然を感じながら、全身を使ったアウトドア(登山やサイクリングなど)を行い、心身ともに充実感を思い切り与えるような「体験」をしたいと考えるようになった。
自然というのは、状況が刻一刻と変化する。海、山、空、川、湖などの表情は、季節、天候によって変わるし、一日内での変化も大きい。その環境に浸かるというのは、つまり予定調和の要素が、観光地(人工物に限る)に比べ少ないということである。そこに年齢を重ねるごとに魅力を感じていった。

こういった体験の魅力というのは、(それをやったことがない)人に伝えることがなかなか難しい。絶景の写真を見せたり、「気持ちよかった」「楽しかった」など言うことはできるかもしれない。しかし、写真は、実際の風景より数段劣るし、「気持ちよかった」も、大汗かいて、強風に煽られ、筋肉があちこち痛くなって、目にゴミや虫が入ったり、そういった諸々の苦痛を五感で十分感じた先での、目的地到達や下山後の温泉の中などにあるため、本当は一言などでは言い表せないのである。

だから私は、③に移行するにつれて写真を撮らなくなった。
記録に残すより、記憶に残したい。


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