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"普通の日々"が特別になる(前編):会社を去る日、解放感の正体


プロローグ

12年間。

それは私のコンサルティングファーム人生の長さでした。
そして1週間前の今日、その長い旅路に終止符を打ちました。

最後の出社日。オフィスの空気が、いつもと少し違って感じます。
デスクを整理し、同僚たちと最後の挨拶を交わし、
そして最後の仕事 - 退職のメール送信。

何度も読み直し、少し修正して、すぐに、元に戻す本文。
送信ボタンを押す瞬間、少しの躊躇いがありました。
しかし、その後に起こったことは、私の予想を遥かに超えるものでした。

400人近くの同僚や取引先の方々に送ったメールへの返信が、
次々と届き始めたのです。驚きや残念だという声。
そして何より、新天地での活躍を心から祈念する温かいメッセージの数々。

「12年間お疲れ様。あなたには常に刺激を受けていました」
「寂しくなりますが、新しい挑戦を心から応援しています」
「これからも時々連絡してください。一緒に仕事ができて本当に良かった」

一つ一つのメッセージが、12年間の思い出と重なり、
胸が熱くなりました。
感謝の気持ちでいっぱいになると同時に、
新たな一歩を踏み出す勇気もいただいたように感じました。

オフィスを後にする瞬間、振り返ると12年分の思い出が詰まった
会社のロゴが見えました。
そこには、新たな冒険への期待と、
慣れ親しんだ環境を離れる寂しさが交錯していました。

「社会人の夏休み」の始まり

さて、最終出社日から退職までの2ヶ月間、
私は溜まりに溜まった有給休暇を消化することにしました。

いわば「社会人の夏休み」です。

有給休暇の取得に関する統計を見てみると、
日本の状況が浮き彫りになります。

厚生労働省の「就労条件総合調査」によると、
令和5年の年次有給休暇の平均取得率は62.1%でした。
つまり、付与された有給休暇の約3分の1は使われていないのです。
(まさに、私ですね。)

さらに興味深いのは、連続休暇の取得状況です。
同調査によると、1週間以上の連続した休暇を取得した労働者の割合は、
わずか14.2%に留まっています。

この統計を見ると、
2ヶ月間の有給消化は非常に珍しいケースだと言えるでしょう。
では、なぜ私はこの選択をしたのでしょうか。

それは、次の職場での新たなスタートの前に、
自分自身を見つめ直す時間が必要だと感じたからです。
12年間のキャリアを振り返り、次の12年を展望する。
そんな贅沢な時間を持ちたいと思ったのです。

解放感の正体:仕事から離れることで見えてきたもの

有給消化期間が始まって最初に感じたのは、想像以上の解放感でした。
特に大きかったのは、会社のメールから完全に切り離されたことです。

退職日の翌日、習慣的にスマートフォンを手に取り、
メールをチェックしようとした瞬間。

「あ、もうアクセスできないんだ」

という事実に気づき、それまで無意識に感じていた緊張感が
一気にほぐれていくのを感じました。

12年間、24時間365日、潜在的に「仕事モード」だった私の脳が、
初めて完全にオフになった瞬間でした。

この変化は、日々の生活にも大きな影響を与えました。

朝起きた時、まずメールをチェックするという習慣がなくなり、
代わりに窓を開けて深呼吸をするようになりました。

日中も、常に携帯電話を気にする必要がなくなり、
目の前のことに集中できるようになりました。

夜は、翌日の会議の準備や資料作成を考えることなく、
ゆっくりと1日を振り返る時間を持てるようになりました。

この解放感は、単なる「仕事からの解放」ではありません。
それは、自分自身を取り戻す過程の始まりだったのです。

「完全な休息」の意味を考える

この「完全な休息」が心身に与える影響については、
様々な研究結果があります。

例えば、アメリカ心理学会(APA)の調査によると、
休暇は心身のストレス軽減に効果があり、
生産性や創造性の向上にもつながることが示されています。

特に、少なくとも1週間以上の休暇を取ることで、
より高い幸福感と仕事のパフォーマンス向上が期待できるとしています。

また、産業医学の観点からは、長期休暇が心身の回復に重要な役割を果たすという見解があります。
休養によってストレスホルモンの低下や免疫機能の向上が見られ、慢性的な疲労の回復にも効果があるとされています。

これらの研究結果は、私自身の体験とも一致しています。
有給消化期間が始まって約2週間が経過した頃から、
顕著な変化を感じ始めました。

まず、睡眠パターンが大きく変わりました。
それまで平均6時間程度だった睡眠時間が、
自然と7-8時間に延び、起床時間も早くなりました。

朝5時には自然に目が覚めるようになり、
その静かな朝の時間を利用して瞑想を始めました。

また、慢性的な肩こりや頭痛が徐々に和らいでいくのを感じました。
ストレスレベルの低下を実感し、些細なことで苛立つことも少なくなりました。

"もったいない"という声との向き合い方

この2ヶ月間の夏休みに関して、
友人や知人から度々聞かれた言葉があります。
それは「もったいない」。

「2ヶ月も休みがあるのに、海外旅行とかしないの?」
「せっかくの機会なのに、ずっと国内にいるなんてもったいないよ」

確かに、一般的には長期休暇=海外旅行やアクティビティ
というイメージが強いかもしれません。
しかし、私はあえてそういった「特別なこと」はせず、
日常の中で自分と向き合う時間を大切にしたいと考えています。

この「もったいない」という言葉の背景には、
日本特有の価値観が潜んでいるように感じます。
休暇=非日常という考え方、
あるいは休暇中も何かを「成し遂げなければならない」という
プレッシャーです。

しかし、私はこの期間を「もったいない」とは思いません。

なぜなら、この時間は自分自身を見つめ直し、
これからの人生の方向性を考える貴重な機会だからです。

日々の瞑想、読書、散歩。
一見何も特別なことをしていないように見えるかもしれませんが、
私にとっては非常に意味のある時間です。

「何もしない」ことの価値。

それは、忙しい日常の中では気づきにくいものかもしれません。
しかし、この2ヶ月間で私は、「ただそこにいる」ことの大切さを
学びつつあります。

次回は、この「もったいない」という概念をさらに掘り下げるとともに、
社会的つながりの再定義について考えてみたいと思います。

この「社会人の夏休み」で得た気づきが、
皆さんの日々の生活や働き方を見直すきっかけになれば幸いです。

(明日に続く)


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