私を守るために今日も私は私を傷つける
最近、誰かに対して嫌だなとか、ちょっと言われて傷ついたなって感じたそのすぐあと、
自分がうざくて、傷つけたくて、刺したくて、殺したい、と思う。憎たらしい。
どうしようもなく自分を殺したくて、包丁をもつけれど、
痛いのがわかっているから、何もできなく泣きたくなる。
この左胸にあるうずうずはどうしたらいいの。
一気に傷ついて、痛みを感じてすっきりしたいよ。
どうしてこうなるのかな、いつもの論理的な頭で考えてみる。
いろいろ”勉強”をする中で、負の感情をもつことが悪いことではないこと、人間にとって大事であることは学んだ。頭で理解した。
でもその綺麗な論理は万世普遍にYesと言われるものではない。
SNSアンチが代表するように、
相手に失礼だ、
感謝の気持ちがない、
言われているうちが華、
そんな風に、自分しか体験し得ない事実に対して、第三者はこうあるべきだと批評してくる。
その批評は頭では放っておけばいいとわかっていても、しんどく、苦しくなる。理路整然としていた自分に対して恥ずかしい気持ちになる。
そう、負の感情を一旦肯定しても、それに対する世間からの批判に対する苦しさや羞恥心を一瞬でも感じ、その一連を学習した私は、
それらから逃げるために、
先に
自分を傷つけておく。
そうすることで、「別に分かっていたし」と言い訳ができるから。
無知の羞恥心から自分を守るために私は私を傷つけたい。
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