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昔話 ライター修行 その57

恐怖の電話取材 その2


 仕事、プライベートを問わず、実際に逢ったことのない相手に電話するのって緊張する。一度でも逢った人だと、普通の調子で話せるのだけれど、面識がない相手だとなぜかアセってしまう森下。

 でもこれは私だけじゃないと思う。お手伝いしてもらったアシスタントも、取材のアポイント入れの電話や電話取材の類は苦手な人が多かった。

 とにかく最初は、メモにいうべきコトをセリフのように書いて、台本状態にしておかないと、しゃべっている途中で(下手すると、呼び出し音が鳴り、相手が出たとたんに)頭が真っ白になって、なにを聞くんだったか、お願いするんだったかわかんなくなる。

 最初でつまづくと、サイアクだ。相手がこっちに悪印象(新米?とか、使えないヤツ、みたいな)を持ったとたん、撮影用に急いで貸して欲しい商品は貸してもらえなくなるし、送って欲しい資料は "取りに来い" といわれる。

お店の取材は "忙しい" と断られ、直撃系の電話取材は、趣旨を説明する前にあえなく "ガッチャン!" と切られてしまい、虚しく "ツー・ツー・ツー" という音を聞くことになってしまう。

 最近は慣れてきたから、簡単な電話ならそのままかけてしまうけれど、ちょっとややこしい(取材が難しそうな相手だとか、たくさん聞く項目があるとか、面倒なお願いをする)電話のときは、いまだに "台本" を作ってみる。

「もしもし、私、○○出版社から発行しております "○×△" という雑誌の記者の森下と申します」
(森下は複数の出版社、編集部で仕事をしているので、パニックになるとコレすら出なくなる。だからしっかり書いておかなくちゃ)
「○×について、取材(商品貸しだし)のお願いなのですが、ご担当者様はおいででしょうか……」
 ってな具合。

単語を書き連ねるのではなく、しゃべりことばで書いておくのもポイントのひとつだ。普段、丁寧な言葉を使い慣れていないならなおさら。単語だけのメモを見ても、言葉を繋ぐことができなくなって、絶句してしまうことが多いから。

 さらに。森下の場合、地声がおこちゃまモードの甲高いアニメ声なので、電話取材のときは意識してワントーン落とし、さらにふだんの口調の1.5倍はスローテンポで話すようにしている。

 間違えないように台本を書くのはいいのだけれど、心があせっているので、しゃべる口調が機関銃のように早口になってしまうというデメリットもあるからだ。

 なんとか担当者を電話口にひっぱりだし、必死でこちらの用件を伝えようとしゃべっている最中に
「あのさ~、君の話、早すぎてナニ言ってるか、聞き取れないんだけど。ちょっと落ち着いて話してくれる?」
 とたしなめられて、赤面(さらにパニック)したことも。

 また、お願いする用件は、相手の対応によって順番が変わってくるので、伝え終えた項目を、ペンでチェックしておくのも忘れちゃならない。無事に電話を終えて、受話器を置いたとたん
「しまった! アレを聞く(お願いする)のを忘れた!」
 ってこともよくある失敗だから。

 しかし最近は、メールやFAXが普及したこともあり、取材依頼をメールやFAXで送ることも多くなった。とりあえず最初のコンタクト(その直後の依頼確認)だけでも、文字でできることは森下にとっては大きい。ワープロで原稿を作る手間はかかるけれど、伝えたいことをきちんと整理して、漏らさず全部伝えることができるから(ただし、電話口で相手のメアドを聞き取ると、ものすごくミスが多いのが悩みの種)。

 いつもはめっちゃくちゃな日本語(コギャル系流行語もバリバリ)を使っている森下も、たくさんの失敗のおかげで、今ではなんとか丁寧な言葉で話せるようになった。

 しかし、ホントの駆け出しだったころは、思い返したくないような失敗の連続だった。とくに、皇室関係の電話取材はキツかった。相手は、普段からおハイソな言葉をお使いあそばされている方ばかり。直接お目にかかって話すのも大緊張だったが、そういう方と電話でお話させていただくときは、お腹が痛くなるほど辛かった。

「……というわけで、宮様がお出ましあそばしたものですから、私共も大変光栄に存じまして……」
 なんて調子で、エピソードをうかがう。

「ええ、はい。なるほど、そうですか」
 と、相づちを打ちながら必死でメモしていく森下。その間にも、次の質問事項を「丁寧語」に「変換」しようとあせりまくっている。

「そのときですね、宮様はなにかおっしゃっておいでだったでしょうか?」
 なんとか次の質問を繰り出したとたん、立て板に水状態で上品言葉のエピソードが続く。ひいいぃ、メモを取る手が追いつかない。

 でも、そろそろ相づちを打たねばとあせった森下。思わず大声で
「なるほど~、さようでござりまするか!」
 まるで安手の時代劇のセリフだ。

 珍妙なリアクションに、電話の向こうの相手は絶句。そして、周囲で聞くともなく聞いていた編集部の人たちは、大爆笑。つ、つらい。ひじょ~につらい。脳天気な森下も、さすがにへこんだ。

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