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昔話 ライター修行外伝 5

うそつきナナの「スタイル」と居候の潮時


 手帳ひとつでなく、ナナには自分の「スタイル」というものが、18歳とは思えないほどガンコにできあがっていて、経験値も知恵も知識もまるで足りない若輩者の私ごときには決してそれを崩すことがなかった。
 そのほとんどが常識はずれの「スタイル」なので、いつの間にか周囲からハジかれてしまう、という感じ。

――どこかへ出かける前には、必ずシャワーをあびる――
 というのも、ナナの譲れないスタイルだった。当時は『朝シャン』という言葉が大流行していたから、ナナだけでなく、ほとんどの女のコはそうだったと思うが、前述の通り、ナナは朝が大の苦手だ。

 さらに、数少ない友だちとの約束は、たいてい夕方以降だったけれど、マンガを読んだり、テレビを見たりしてゴロゴロしているうちに、約束の時間は刻々と迫っていくのが常だった。急いで洋服を着て、走って駅に行けば、なんとか間に合うかも知れないというギリギリの時間になって(あるいはそれすら過ぎたころ)、やっとナナは腰を上げる。

「シャワー浴びなくちゃ」
「ナナ、もう約束の時間じゃないの?」
「うん。だから急いでシャワー浴びる」
「っていうかさ、これからシャワー浴びたら、遅刻じゃん。もうそのまま着替えて出かけなよ!」
「だってナナ、シャワーも浴びずに人に会うなんて、できないよ。気持ち悪いもん」

「だったらどうして、もっと早くに準備しないの? ナナって友だち(仕事先の人)を待たせても平気な人なの? それって大人じゃないよ。カッコ悪い。もっと友だち、大事にしなくちゃだめでしょ」
「大事にしてるから、シャワー浴びるんだよ? それって最低の身だしなみじゃん。どうしたの、あかねさん、なんで怒ってるの?」

 人に会う前には、必ずシャワーを浴びる。それ自体は、悪いことだと思わない。立派な身だしなみだろう。けれど、ナナの死守する「スタイル」には「時間を守る」「友だちを待たせない」という項目は全く入っていないらしい。だから、どうして私が叱るのかが、ナナにはどうしても理解できないのだ。

 ナナはとてもカワイイ子だったし、人なつっこい。どこかケナゲな面もあった。ナナには散々、ひどい目に会わされたけれど、それでもいまだに、私はナナが憎めない。要するにキチンとしつけられていない子供なだけなんだろうが、さすがに一緒に暮らしていくのはしんどかった。とにかく価値観が違いすぎるのだ。

 若かった私には、心の余裕がなくなっていたのだろう。ナナとの共同生活をはじめて、3ヶ月ほどたったころだろうか。とにかくナナのやることなすことすべてにガマンができなくなって、かみ合わない会話の果てのケンカが多くなってきた。ナナは持ち前の勘(世渡り上手の?)で、居候も潮時だと思ったようだ。

 ある日、仕事が終わって、深夜に部屋に戻ると、テーブルに
「おせわになりました。ナナ」
 というメモが乗っていた。
「なあんだ、出て行っちゃったんだ。直接、さよならくらい言ってくれてもよかったのに。でも、家に戻ったのかなあ? また別の知り合いの家に転がり込んだのかなあ?」

 素っ気ないナナのメモを見つめながら、ちょっぴりの寂しさと心配、薄情なナナへの小さな怒り、そして同時にホッとした気持ちを味わった。さらには "ナナをやっかい払いできてせいせいして(喜んで)いる自分" をハッキリ感じ取り、
『私ってまだまだ、居候を受け入れられるほど、心の広い人間じゃないんだなあ』
 と、自己嫌悪したのだった。

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