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昔話 ライター修行外伝 12

ナナ、お供を連れて実家にご帰還④


 ところがナナはただの不憫な娘じゃなかった。さすがこの母親に育てられただけのことはある。形勢が逆転したとたんに "いい子になる" 宣言は、どこかにすっ飛んでしまい、わがまま混じりの条件提示が始まった。

「んー。通信制の学校で、大検の資格を取れるところがあるのね。週に1,2度スクーリング(学校に通って授業を受ける)もあるんだけど。ナナ、そこに行けばいいと思うの。そうすればほら、高校卒業の資格だって取れるし(厳密にいえば、違うのだが)。でも電車で通うの大変じゃない? ナナ、とりあえず、バイクの免許、取りに行きたいんだ」

「ナナ、それって話が違わない?」
 思わず私が突っ込むものの、ヌード云々の脅しをなかったものにしたいママは大乗気だ。
「そうね、そうね。通信制だって学校は学校だものね」
「うん、通信制なら制服もないし、毎朝早く起きることもないもん」

 ………。つまりこの母娘、目の前の事象だけクリアできればあとはいいのだ。楽な方、オイシイ方へ流れようとする娘と、とにかく娘を世間体が保てる状態にしておきたい母親。心を入れ替えて、きちんとした生活を送ろうとか、送らせようとは、これっぽっちも思っていないらしい。

 あきれ果ててシラける私を置き去りにして、なぜか盛り上がるふたりの会話を聞いているうちに、ナナに同情したり、こ~んな母親相手に熱くなった自分が馬鹿らしくなってしまった。

『とりあえず、ナナを家に戻したってことで、もういいじゃん。これ以上、関わり合いにならない方がいい』
 心の中でつぶやいて、席を立つ。
「じゃあ、あとはおふたりで話し合ってください。私は失礼します」
 そういう私に
「あ、そうですの?」
「あかねさん、また遊びに来てね」
 と、ママとナナ。玄関口にまで送りに来る素振りもない。

 結局、ふたりからは
「ありがとう」
「ご迷惑をおかけして」
 なんていう言葉は、ひとつもなかった。もちろん、ナナの母親からは、そのときの交通費すらもらっていない。彼女たちの中には、他人の "好意" に対するアクションは存在しない。 "脅し"や "ピンチ" に対してだけ、それを切り抜けるためにへつらったり、代償を支払うというのが、常識なんだろう。

 帰宅する深夜のタクシーの中で、途方もない疲労感を覚えつつ、自分に言い聞かせた。
「これでいいんだ。これ以上、関わり合ったってムダ。たぶん、ナナは3日としないうちに、夜遊びを再開するだろうし、母親は今まで通り世間体を気にするだけで、ナナをしつけ直そうともしないだろう。でも、彼女たちの考え方を根本から叩き直すなんて、私にはできない。これも人生勉強だと思って、笑い話にしちゃおう。怒っちゃダメ、考えちゃダメ……」

 それ以外に、なすすべがなかった。そして今度こそ、ナナとは手を切ったつもりでいた。
 と、ところが……。ナナは、その半年後、またまた面倒の種を抱えて、私の前に華麗に登場したのだった。ナナにまつわる、とほほな体験はまだまだ続くのである。

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