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【小短編】僕の猫はかわいい

猫の里親の会で、僕は僕の猫に出会った。
「もっといい猫にしたら。」
母さんはそう言った。
でも、僕は、一目見たときから、この猫と離れられなかった。
僕は、猫をそっと抱き締めた。
「本当に変わっているわね。まあ、いいわ。好きにしたら。」

僕は猫と家に帰った。
僕のベッドの枕の横に、猫のベッドを作った。
猫はするりと入り込むと、丸くなった。
僕の猫はあんまりいい猫じゃないのだ。
あまり可愛いと思ったら、ダサいのかもしれない。
ダサいと嫌われるのだから、注意しないといけない。
猫のふかふかの毛皮から、眠たい夜の匂いがして、
僕と猫は、あっという間に眠りについた。

朝、棚の上に座って毛づくろいしている猫は、毛がぼさぼさしていた。
「やっぱりあんまり、いい猫じゃないね。」
朝ごはんのテーブルで母さんにそう言うと、母さんはちらりと猫を見た。
「だから、そう言ったじゃない。」

僕と猫は散歩に出かけた。
バス停におばあさんが座っていた。
「まあ、なんて、可愛い猫なんでしょう。」
「そうかな。たいしたことないよ。」
僕はぶっきらぼうに答えた。
「そうかしら。あなたの後ろをとことことついて歩いて、丸い目がとても優しいわ。」
「おばあさんは、この猫が好き。」
「ええ、とっても好きよ。」
「そうなんだ。」
僕はおばあさんに手を振って、歩き始めた。

信号で、おじさんが立っていた。
「おい、それは坊やの猫か。散歩ができるなんて、賢い猫だな。」
「そうかな。たいしたことないよ。」
僕はいぶかしげに答えた。
「そうかな。信号でもちゃんと座っている。尻尾をぴんと立てて、座り方が凛々しいな。」
「おじさんは、この猫が好き。」
「ああ、とっても好きだ。」
「そうなんだ。」
僕はおじさんに手を振って、歩き始めた。

公園で、子供がブランコに乗っていた。
「ねえ、それ、きみの猫なの。いいなあ。とっても可愛いなあ。」
「そうかな。たいしたことないよ。」
僕はそっけなく答えた。
「そうかな。ふわふわで、タンポポの綿毛みたい。風になびいて、気持ち良さそう。」
「きみは、この猫が好き。」
「うん。大好き。」
「そうなんだ。」
僕は子供に手を振って、歩き始めた。

見晴らし台に到着して、僕はベンチに座った。
猫は、するりと僕の膝の上に乗った。
坂の下の駐車場から、僕に手を振りながら、父さんが走ってきた。
「やあ、お待たせ。」
「父さん。僕もいま来たところだよ。」
「おや、可愛い猫だね。」
「あんまり、いい猫じゃないと思うよ。」
僕は迷いながら答えた。
「そうなのかい。」
「うん。これから、いい猫になるように、世話をしてやるんだ。でも、まだ、何もしていないから。厳密には、いい猫とは言えないと思う。猫のトリートメントを買ってくれるって、母さんが言ってた。キャットタワーで運動したら、背格好も、もっと良くなるかもしれないよ。」
 父さんは、持ってきた水筒から、僕にお茶を注いでくれた。
 僕は、父さんが半分こにしてくれたどら焼きを頬張った。
「そうか。立派な猫に育てたいのだね。」
「うん。僕の猫だもの。」
 僕は誇らしげに答えた。
 父さんは、何か言いたそうに、僕を見つめた。
「じゃあ、もし、猫が、立派じゃなくなったら、どうするんだい。」
 僕は猫を抱きかかえた。猫はじっと僕を見つめていた。
「立派じゃなくなったら、ほっとする。」
「ほっとするのかい。」
「うん。立派じゃなくなったなら、もう、ただの猫でいいんでしょう。そしたら、僕は、僕の猫と、好きなところに住んで、やりたいことをやるよ。」
 父さんは、ずずずっと音を立てて、お茶を飲んだ。
「父さん、音を立てて飲んだら、いけないんだよ。ダサいよ。」
「ああ、そうだったね。ごめん、ごめん。ダサいんだけど。実は、父さんは、これが好きなんだ。これから、二人きりの時だけは、ちょっとだけ、ダサくしてもいいかな。二人だけの、内緒にして欲しいんだ。他の人の前では、うまくやるからさ。」
僕は父さんの顔を見上げた。
父さんは楽しそうに笑っている。
僕も何だか楽しくなってきて、笑いが込み上げてきた。
「いいよ。じゃあ、内緒にしてあげる。ちょっとくらい、ダサくても、父さんは父さんだしね。」
「ダサくても、嫌いにならないでいてくれるかい。」
「嫌いになんて、ならないよ。僕は父さんのことが大、だい、だーい好きなんだから。好きが大きすぎて、ダサいくらいじゃ、ちっとも減らないよ。」
「そうなのかい。ああああ、良かった。」
父さんは大袈裟に溜め息をついて胸を撫で下ろした。それから、にこにこしながら、どら焼きを一気に頬張った。
「父さん、じゃあ、僕のお願いも聞いてくれる。」
「なんだい。」
「僕の猫がダサくても、笑わないで欲しいんだ。ただの猫でも、立派になれなかった猫でも、立派になれた猫でも、僕はこの猫が好きなんだもの。父さんと同じなんだ。この猫が大好きで、好きが大きすぎて、ちっとも減らないんだよ。」
「もちろんさ。父さんも、その猫が大好きで、好きが大きすぎて、ちっとも減らないんだ。」
「本当に。」
「本当の本当さ。おまえの猫は素敵な猫じゃないか。」
「ありがとう。」
僕はお腹の底から答えた。
猫をぎゅうと強く抱き締めると、猫はするりと腕を抜けて、隣のベンチに悠々と寝そべった。


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