守野麦

小説や詩を書いています。疲れたとき、ほっとしたいときにどうぞ。生きる力を増やすものを書…

守野麦

小説や詩を書いています。疲れたとき、ほっとしたいときにどうぞ。生きる力を増やすものを書いていきます。

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  • 短編

    4000字~6000字の大きめの短編

  • 掌編小説

    1000字くらいの短い小説

  • 花とことば

  • 小短編

    2000字~4000字の小さめの短編

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最近の記事

夏は真夜中、朽ちない梔子のプールで泳ぐ

夏の暗闇に白く浮かぶ梔子。 肉厚の花びらを見つけたときには既に、鼻も口も眼も皮膚も、バニラビーンズをたっぷりと混ぜ込んだ濃厚な生クリームの中に沈み込んでいる。 公園の生垣が梔子なら、傍を歩くだけで、甘い濃霧の中に迷い込むことになる。 三大香木の梔子の匂いは重く甘い。 この快楽をなぜ、どの家々、どの道々、どの庭々でも、夏の中に、ふんだんに振舞わないのか。 不思議で仕方がなかったのだが、町角で出会えないのには、やはりそれなりの理由があるらしい。 一つには、余りの蜜の甘

    • 【掌編】三匹の犬

      スーパーマーケットの前の木陰に、監視カメラ付きの駐犬場がある。朝日が木の葉を輝かせる中、金網で仕切られた各ブースに三匹の犬が繋がれている。正座している柴犬と、横座りしているテリア犬と、立っているレトリバー犬だった。 「飼い主、まだかな」レトリバー犬がそわそわしながら言う。 「お前の飼い主、今、行ったばっかりだろ。それより、座れよ。図体がでかいんだから」日向ぼっこを妨げられているテリア犬が忌々しそうに言う。 「無理だね。帰って来た時の嬉しさを思ったら、もはや嬉しすぎて座れない」

      • 【詩】ばらのかたちの

        いえのかたちを あきらめた家の にわのかたちが くずれた庭に ばらのかたちの 薔薇一輪 棲み家の 静まり返った内側へ かぞくのかたちが とけきる前にと 家人が急いで 持ち帰った ばらのかたちの 一つの祈り 廃屋の 外側の賑やかな通りから 家人がそれと知らずに 待ち望んでいた いえのかたちを ふくらます声が いま ようやく ばらのかたちを 撫でていく きれいだね ほんとうに 読んでくださってありがとうございます。 とても好きな作品

        • 【詩】ばあさんと岩

          詩人の松下育男さんのSNS「最近読んだ好きな詩」シリーズで、詩を紹介していただきました。 味のある詩を紹介されているアンソロジーに加えていただけて、とても嬉しかったです。 ありがとうございました。 迷い迷い書いているので、いい詩ですね、と言って頂けて、本当に嬉しかったです。 読んでくださった皆さま、ありがとうございました。

        夏は真夜中、朽ちない梔子のプールで泳ぐ

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        記事

          【詩】年老いた柴犬の散歩

          深々と謝るように頭を下げて 年老いた柴犬が よたよたと歩いていく 鼻先が アスファルトに擦れるギリギリを 平行に移動していく 年老いた飼い主は 老犬を顧みず 紐を前に引いて歩いていく 交差点で それを見て 哀れむか、微笑むか 脚のみじかい猟犬どもが 地べたを嗅ぎまわる 便利さがよく分かると言いたげな 鼻先が 自分の気になる点から点へ 最短距離で移動していく 小雨が降り止んだ夜の隙間に 懐中電灯を二つ紐でぶらさげて 大きな蝙蝠傘を手に持って 年老いた飼い主は 雨が

          【詩】年老いた柴犬の散歩

          【詩】犬の祝辞

          日本現代詩人会 詩投稿作品 第30期(2023年7月―9月)、 入選作に選出していただきました。 完成品として、仕上げられたこと。 それを読んでいただけること。 それの、なんと有り難いことか。 そのうえに、詩人の北原千代さんから、こんなにあたたかい応援の言葉をいただきました。 本当にありがとうございます。 勇気づけられました。 noteでいいねをくださる方、閲覧してくださる方も、ありがとうございます。 作品を完成して、送り届ける。 読み手が、丁重に受け止めてく

          【詩】犬の祝辞

          【詩】宇宙の迷子Ⅱ

          でーでーぽっぽー 日曜の昼に鳴くのはキジバト あの音は何と尋ねる私に あなたは事も無げに 指を差して教えてくれた 何十年も雑音だったのに この度初めて知ろうと欲した でーでーぽっぽー 日曜の昼に鳴くのはキジバト 何十年も 私の身体は 無駄を省いて 地球の上で働いていたけれど 無駄に含まれた 私の中身は 身体を離れて 宇宙の中を漂っていた 真っ暗な真空で みえるものも見えず きこえるものも聞こえない 身体から押し出されて 感覚を失った 宇宙の迷子が 何十年も聞き流

          【詩】宇宙の迷子Ⅱ

          木蓮は一斉に飛び立つ竜の羽搏き

          木蓮【もくれん】 白い鳥の群れが、ごつごつした枝に留まっている。 よく目を凝らすと、肉厚の乳白色の花が咲き乱れているのだと気づく。 花びらは、樹皮を無理矢理に薄く剥がして、動物の乳で白く染め、花に作り変えたかのように生々しく、重い。 木蓮は、一億年前の白亜紀の地層から化石が見つかった、世界最古の花。 そう言われて、妙に納得した。 春の陽気にひらひらとした花びらを蕩けさす木々とは一線を画している。 あのぎこちない硬さのある異形の花は、昔々、節くれだった枝に留まっていた鱗に覆われ

          木蓮は一斉に飛び立つ竜の羽搏き

          【詩】美しいものの一覧

          からだの中に 柘榴のような腫瘍ができて きれいに開いて ぜんぶ取り出して貰ったのですと テーブルの向こうであなたが言った 画家と 画家のいのちを注いだ絵のような あなたと あなたのからだ あなたが振り向く瞬間や 声の隙間には 時々はらりと 水晶が降る テーブルで差し向かう私の 身体の中に 小石のような腫瘍ができて 最小孔径、最短復帰 諸経費のことしか思い浮かべなかった 受付と 受付が処理する書類のような 私と 私の身体 わたしにも かつて からだがあった (否

          【詩】美しいものの一覧

          【小短編】パンゲアの夜に

           パンゲアの夜は、全人類が緊張して、早々に眠りに就く。出来るだけ多くの人間が寝静まっているほうが、早く柔らかに終わるという噂を人々は信じていた。  ある国の小さな家で、親子が食器を箱に詰めて、鉢植えを家の中に引き入れ、雨戸を閉めた。リュックを背負うと、もう一度、家の中を見回ってから、玄関の鍵を掛けた。  町中の住民が、広場に集まって来ていて、炊き出しで、温かい味噌汁が振る舞われていた。少しでも人々の緊張をほぐそうという趣向が、ひしひしと伝わって来る。  午後七時、日没と同時

          【小短編】パンゲアの夜に

          【詩】宇宙の迷子

          でーでーぽっぽー 日曜の昼に鳴くのはキジバト 何十年も聞いていて この度めでたく知ろうと欲した あなたは 事も無げに 指を差して その名を教えてくれた ちっちりり 秋の草叢で鳴くのはマツムシ 何十年も聞いていて この度初めて知ろうと欲した あなたは 嬉しそうに 立ち止まって その名を教えてくれた 何十年も この身体は 満員電車に乗ったり 映画を観たり パンを食べたり 酒を飲んだり していたけれど 何十年も 中身のほうは 身体を抜けて ビル街を抜けて 陸地を抜けて

          【詩】宇宙の迷子

          【詩】カプセルトイ

          あまりにズキズキ痛むので 耐えかねてカプセルトイに 本能を入れ 植木鉢の土の中に埋めた 痛みはほとんど変わらなかった あまりにシクシク痛むので 耐えかねてカプセルトイに 感情を入れ 山の上の展望台に置いた 痛みはそれほど変わらなかった あまりにチクチク痛むので 耐えかねてカプセルトイに 理性を入れて 高級宿の窓辺に飾った 痛みが変わらなくて驚いた ぱっと拡げた 手のひらの上に 森羅万象を載せる 甘やかなカプセルトイで 遠い記憶ごと包み込めば 痛みが取

          【詩】カプセルトイ

          【詩】字裁店

          女という字は くの字のボタンを外して羽織ります 男という字は ノの字のホックを外して羽織ります 弾力性(レジリエンス)も恒常性(ホメオスタシス)も同じでございまして 風当りや下駄との相性も同じですので 仕立屋としてはどちらも等しく お薦めの外套でございます 昔の生地は糸が乏しく寄る辺なく 伝統の型抜きが主流でございましたが 近頃は糸が増え自由な型を選べるものの 強張った生地は癖があって扱いが難しい どちらも一長一短で 晴れの日卦の日に どこで着るにも窮屈で堪らないと 近

          【詩】字裁店

          【詩】模造宝石とスーツの女

          勤め人が行き交う 駅前の交差点に 古いおもちゃ屋がある エメラルド 真珠 ダイアモンド うっすら埃を被った ジュエリーセットが 日差しを浴びて 光を散らしている 勤め人たちは おもちゃ屋に目もくれず 白昼を行き交う スーツの女が 虚ろな目で 携帯電話を耳に当て 何度も頭を下げていた 真昼の太陽の粒が ダイアモンドで跳ねて 女のすり減った靴のつま先に 虹を懸けた 女の口元が綻び 青信号の交差点に目もくれず 子供のような眼で きらきら輝く宝石に じっと見入

          【詩】模造宝石とスーツの女

          【詩】蠢動

          桜を見る 私の後ろに去年の桜を見る私がいて再来年の花筏を見る私の後ろに一昨年の八重桜を見る私がいて来年の桜蘂降る道を歩く私の後ろに 十八で新天地の白茶けた桜を見る私がいて 深夜残業の帰り道に葉桜で春を知る私がいて 握り飯と指先と母と父と兄と妹と桜を見る私がいて 枝垂桜の鉢植えを夫婦で代わる代わる持ち帰る私がいて ただただ肉体労働に打ち込んでゴミ捨て場で桜を見る私がいて 小さき者を空に掲げてフレーム越しに桜を見る私がいる ありとあらゆる桜の下の ありとあらゆる年の私を

          【詩】蠢動

          【詩】干からびたクラゲの骨

          十年のあいだ 壁に画鋲で留めていた クラゲの骨は 西日に晒され すっかり干からびた 風が吹くたび 干からびたクラゲの微細な骨が ひらひら舞って はらはら落ちる 画鋲を外して片付けもせず 生け簀に戻してふやかしもせず 月夜の晩にひっそりと 土に埋めてやることもせず 風が吹くたび はらはら落ちる その音だけを 聞き続けてきた 十年目のある日 落ちた骨を一つ摘まむと 干からびたクラゲは 刺しもせず 崩れもせず 指の先にじわりと 浸み込んで消えた 呆然として 指の染みをかざ

          【詩】干からびたクラゲの骨