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『舞姫』 冬のベルリンを歩く

高校の授業で森鴎外の「舞姫」を読んだ。
「石炭をばはやつみはてつ」
雅文体のドラマチックな小説。

その授業の後、冬にベルリンを旅した。

子どものころから本を読むのが好きだった。
本を読めば知らないことを知ることができると思っていた。
空想するのも大好きで、人間の想像力は限りがないと信じていた。

ドイツの冬は、東京で過ごしてきた私が想像するよりずっと寒かった。
手袋をしないで外に出かけると手から風邪をひくような寒さだし、数日いればマイナス5度は寒いけど、0度は暖かいと思えてしまう。
コートは触れたことがないくらい厚くて、長くて、帽子と一緒になって体を守ってくれる。
日本でも寒い土地の人たちはこうした生活を送ることもあるだろうに、私の空想はそうした生活実感には及ばなかったのだ。

ベルリンは石畳とコンクリート。菩提樹下通り、ブランデンブルグ門、聖マリア教会、動物園駅。数か月前に解説付きで読んで記憶に新しい「舞姫」の舞台を目にして、その足で森鴎外が滞在した部屋を訪ねる。

主人公が恋人の妊娠を知って、冬のベルリンを彷徨い歩いて大風邪をひくというくだり。よくわからなかった。
悩んで一晩中歩き回ってそんな大した病気になるかしら、と。
けれど、冬のベルリンを歩いてみると、夜あてもなくふらふらと無防備に歩くことの怖さを感じ、物語を思い出して自分の身体が寒さで震えた。

私の想像力は、経験を超えられない。
だから、知らない土地を旅すること、知らない土地の人と話すことに価値があると、気づかないうちに私の胸に刻まれた旅だった。

そのことの不躾さとの折り合いのつけ方なんて、まったく考えることもなく。


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