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三浦春馬 Documentary PHOTO BOOK 2019-2020 ~書かれた顔

一年遅れでやっと手にした「日本製」特装版にカップリングされているドキュメンタリーフォトブックを眺めている。
ここにいるのは、モノクロで撮られた舞台裏の春馬くん。

楽屋の鏡前で目を見開きローラの化粧をする姿、頭にカーラーを巻いたまま脚を組み弁当を掻っ込んでいる姿など、いつもの映像で観る時のキラキラ輝いて優雅な彼とは違った角度から撮られたその写真には、春馬くんのまさに舞台裏の、生々しい役者としてのせいの記録が写し撮られていた。

少し話が逸れるが、昔観たダニエル・シュミット監督が捉えた坂東玉三郎さんのドキュメンタリー映画「書かれた顔」が浮かんできた。
鏡前で女形の顔を作ってゆく玉三郎さん。ローラを演じていた時、春馬くんも玉三郎さんに通ずるようなことを思っていたのかもしれない。
当時、玉三郎さんが語っていた男が女形を演じるということについてのインタビューは、とても興味深い。
「書かれた顔」インタビュー
https://youtu.be/D_ByGXCey68

一瞬一瞬のライブな表現、ひとたび板の上に立ったら、主役脇役、若手もベテランも関係なく、小手先で取り繕ったりやり直すことが出来ない舞台の上で、役者・三浦春馬はずっと生きていたかったのだな。

見目麗しく、端正で上品、憂いのある色香、清々しく爽やか、ひたむきで純粋、凛として聡明、冷静と情熱、気骨のある逞しさーー。
三浦春馬という俳優はその演技、表情、佇まいから、観る者に様々な人間像をイメージさせる。それは役者冥利に尽きるということなのだろう。

俳優とは、やはりとても特殊な職業だと思う。
自分の肉体というフィルターを通して、自分ではない人間を演じる。
それは、何人もの人格と人生を憑依させて生きるようなものではないのか。
春馬くんは本当に沢山の人生を生きてきた。
そしてそこには、否が応でもその人の生き様のようなものも一緒に刻みこまれてしまうのだと思う。

だけれど、春馬くんが旅立ってから今日まで、沢山の作品やインタビュー膨大な量の動画等を見続けてきて、深く彼のことを考えるにつれ、春馬くんとは本当はいったいどんな人だったのか、実は今、更に分からなくなってきている…。

いつも笑顔の人が、その心の内に苦しさを抱えていないとは限らない。
“人間って単純じゃないですよね”
若かりし頃に春馬くんが言っていた言葉。
裏表のない人だったというのも本当だろう。
だけれど、他人には絶対に踏み込ませない彼一人だけの聖域があったのではないか。
人というのはとても複雑で多面的で、表面に出ている顔がその人の全てではない。
私たちファンが見ているのは、俳優・三浦春馬としての顔であり、それは彼の一面でしかない。
もっと彼の身近にいて親しかった人達にさえも見せない顔があったのではないか…。
なんの顔も纏っていない完全に素の春馬くんに戻る時間は、完全に一人の時にしかなかったのかもしれない。
繊細な危うさと強靭な精神力、常に相反する内面を抱えて葛藤していたのではないか…。

このドキュメンタリーフォトを見ているうちに、そんな思いが湧いてきた。

永遠に解けない謎を残して、何も語らず全て心に秘めたまま春馬くんは逝ってしまった。
それも彼の美学だったのか。
ミステリアスゆえに分かりたいと思うし、だから自分も含め多くの人がいつまでも彼に惹きつけられ、魅了され続けているのかもしれない。



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