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五月某日。行けるかどうかも決まっていない花火大会の開催決定のニュースに心が躍った。屋台のきゅうりの一本漬けを食べて、ずどんと鳴り響く花火の鮮やかさを目に焼き付けたい。……折角なら浴衣か薄物の着物がいい。 私にとって着物は普段着のひとつだ。映画館でも居酒屋でも着物で出かけられるけれど、イベントだと乗っかりやすい。 「どうして着物なの?」と聞かれることもない。 箪笥の中に一度も袖を通したことがない着物がある。厳密には服の上から羽織っただけ。淡いピンク色の薄物で、開いた冊子に
仕事を終えて最寄りの駅に着いてからも、夕食の献立が決まらない。 階段を駆け下りずにエスカレーターで立ち止まり、目の前に見えるスーパーまで時間を稼いだ。カレーは木曜日に食べたし、リゾットも違う。かといって麺類の気分でもない。 結局難しく考えずに、具沢山のスープでお腹を満たすことにした。小鍋でキムチと野菜と豚肉のスープを、電子レンジで台湾風豆乳スープ(シェントウジャン)を作った。スープが二品あることに気付いたのは、ランチョンマットの上に皿を並べた後だった。 なんだか締まり
私が初めて日記を書いたのは、小学六年生の冬休みだった。 父親の仕事の関係で文房具が沢山あったから、日記もその中から選んだ。単行本ぐらいの大きさで、ページ数もそこまで多くなかった。 始めた理由はもう思い出せないけれど、「家族のみんなはトランプで遊んでるけど、私は遊びたくない」という書き出しだけは覚えている。とにかく機嫌が悪かったのだ。 寝る前に一日を振り返りながら、好きだったアニメや小説の感想をボールペンで書いた。 中学生。日記は二冊目になった。 一冊目と同じよう
日付が変わる前に眠りこけて、冷たくなったこたつの中で目覚めた午前四時。中途半端に冴えてしまった私は、宅急便で受け取ったままの小箱を開けることにした。 THE LETTER PRESSのオンラインストアで購入した、震災でも落ちなかったという活字の「おみく字」だ。届くまで中身はわからない。 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』と、小川洋子の『バタフライ和文タイプ事務所』を思い出しながら、丁寧な梱包を解き、包み紙をそっとめくる。 初めて目にする活字は想像よりも小さくて、少しひんやり