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それぞれの思考法の間で重なり合うところ

 拙著『デザイン、アート、イノベーション』ではどちらかと言えば、デザイン思考、デザイン・ドリブン・イノベーション(以下、DDIとする)、アート思考、それぞれの間にある「違い」にスポットライトを当ててきた。そこでは、デザイン思考は「あなた」に焦点を当てた(イノベーション創出のための)アプローチであるのに対し、DDIは「人々」に焦点を当てたアプローチ、アート思考は「私」に焦点を当てたアプローチであることなどが明らかにされてきた。それに対し、このnoteでは互いの重なり合う部分にスポットライトを当ててきた。その結果、いずれの思考法も、人間の「逸脱しようとする性質」に焦点を当てていることや、DDIが様々な思考法と出口を共有する可能性があることなどが明らかになった。


1.共通する人間観
  まずは、共通する人間観のところから見ていきたい。前述したように、それぞれの思考法の間でアプローチする対象は「あなた」、「人々」、「私」と異なるものの、その前提となる人間観(人間をどのような生き物と見做しているのか)については、それほど大きな違いは見られない。本編の⑦や⑧で見たように、いずれも人間の活動を構築主義的な立場から捉えて、彼らが逸脱や脱構築を繰り返すところにイノベーションの火種を見出そうとしているのである。したがって、そのような観点から、それぞれの思考方法を定義し直すと、それは以下のようになる。

・デザイン思考とは観察を通じて、他人(個人)の無意識の逸脱を見つけ出そ 
 うとするアプローチである。


・DDIとは社外の専門家を使って、社会や文化(その構成員である人々)が脱
 構築する兆しをとらえようとするアプローチである。

・アート思考とは作品との対話を通じて、自分の中にいる無意識の逸脱者を 
 探し出そうとするアプローチである。


 すなわち、それらの思考法はいずれも、何らかの媒介や媒体(ex.他者、社外の専門家、作品)を活用しながら、人間や社会の中に隠された逸脱部分を暴き出し、既存の価値観や価値体系に挑戦しようとしているのである。



2.それぞれの思考法の重複部分
 次に、それらの思考法の重複部分に注目して、それぞれの関係を見直してみたい。そのような観点からは、DDIが様々な思考法と近接し得るユニークなポジションにいることが窺える。そして、そのことにはおそらく、「デザイン・ディスコース(design discourse)」が関係していると考えられる。ここでいうデザイン・ディスコースとは、十数名から数十名程度の個人間や企業間のネットワーク内で行われる対話のことである(Verganti,2009)。DDIでは、新しい意味の形成において、このネットワークの活用を不可欠なものと考えている。さらに、そのネットワークの中には、科学者やエンジニア、サプライヤーなどに加え、社会学者やアーティスト、リードユーザーなどの多様な人材が含まれているため、その中から誰を対話の相手に選ぶかで、様々な思考法と近接する可能性が出てくる(下図参照)。


1)DDIで社会学者や雑誌の編集者などを活用する場合
 まず、DDIの実施に際して、デザイン・ディスコースの中から社会学者や雑誌の編集者などを対話の相手に選んだ場合は、デザイン思考において、エクストリームユーザーを観察対象に選んだ場合と同じような効果を得られる可能性がある。本編⑫のところで見たように、デザイン思考においても、革新的な消費者であるイノベーターや流行に敏感なアーリーアダプターを観察対象に選んだ場合は、社会や文化を支配するマクロな意味の革新にたどり着く可能性がある。イノベーターやアーリーアダプターの中には、社会学者や雑誌の編集者などと同様に、鋭い嗅覚を持ち、社会や文化の変化に敏感な人々が含まれる場合があるからである。そのため、彼らを観察することで、社会学者や雑誌の編集者と対話を重ねた時と同じような効果が得られる可能性がある。

2)DDIでアーティストを活用する場合 
 次に、DDIの実施に際して、デザイン・ディスコースの中からアーティストを対話の相手に選んだ場合は、結果的にアート思考の一種であるアーティスティック・インターベンションに近接する可能性がある。番外編③のところで見たように、アーティスティック・インターベンションとは、企業経営へのアートの介入のことであり、アートやアーティストの活用を通して社内に刺激を与え、学習や変化を促そうとする動きのことである(Berthoin Antal, 2012)。アーティストと共同で問題提起を行ったり、彼らの提起した問題を企業目線で再解釈したりすることで社内のバイアスが壊れ、ブレイクスルーが生まれるかもしれない。実際に、Verganti(2006)では、社外の著名な建築家11名を活用して革新的なティー・セットやコーヒー・セットを制作したアレッシィの事例が示されている。なお、本編⑦のところで見たように、アート思考はデザイン思考と同様に、個人を対象としたミクロなアプローチであり、DDIとは入口が異なるが、結果としてマクロな意味の革新にたどり着ける可能性がある。そもそもアートとは、「社会に向き合う個人的な意思表明」であるため(原,2003)、始まりは個人的な関心事であったとしても、最終的には社会に向けて問題提起を行うものだからである。

3)DDIで先端的なユーザーを活用する場合
 最後に、少し蛇足になるが、DDIとユーザーイノベーションの関係についても触れておきたい。DDIの実施に際して、デザイン・ディスコースの中から先端的なユーザーを対話の相手に選んだ場合は、von Hippel(2005)がいうリードユーザー活用型のユーザーイノベーションに近接する可能性がある。もちろん、ユーザーイノベーションはDDIとは異なり、最初からマクロな意味の革新を目指しているわけではないが、結果として同じ出口にたどり着く可能性がある。リードユーザーの中にも、世間や業界のオピニオンリーダーやインフルエンサーのような人物が含まれていることがあり、そのような人物を引き当てた場合は、彼らを介して新しい社会の構造や文化の到来(あるいは、その兆し)を窺い知れる可能性があるからである。



●参考文献
Berthoin Antal, A. (2012), “Artistic intervention residencies and their 
 intermediaries: A comparative analysis.” Organizational Aesthetics, Vol.1,
 No.1, pp.44-67.
原研哉(2003)『デザインのデザイン』岩波書店。
森永泰史(2021)『デザイン、アート、イノベーション』同文舘出版。
Verganti, R. (2006), “Innovating through Design,” Harvard Business Review.
 Vol.84, No.12, December, pp.114-122.
Verganti, R. (2009), Design-Driven Innovation: Changing the Rules of
 Competition by Radically Innovation What Things Mean. Harvard Business
 School Press. (佐藤典司・岩谷昌樹・八重樫文・立命館大学経営学部 DML
 訳『デザイン・ドリブン・イノベーション』同友館、2012)
von Hippel, E. (2005), Democratizing innovation. MIT Press. (サイコム・インタ 
 ーナショナル訳『民主化するイノベーションの時代』ファーストプレ 
 ス、2005)


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