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リーダーシップと継続期間

 番外編の⑩と⑪では、様々な組織文化の変革手法について触れてきたが、それら以外にも、デザイン思考の導入に際しては考慮すべき事柄がある。それは、「リーダーシップ」と「継続期間」である。


1.リーダーシップ

 まず、前者のリーダーシップに関しては、Dunne(2018)で取り上げた4つの事例すべてで、組織階層の上位者が発案者や発起人になっていた。具体的に、P&GではCEOや担当副社長が、マインドラボやATOでは上級官僚(前者は商務省の事務次官、後者は国税局の補佐官)が、メイヨー・クリニックでは医学部の部長(彼は「ドクターナンバーワン」と呼ばれていた)が、それぞれデザイン思考導入の号令をかけていた。

  このように組織階層の上位者が関与すべき理由は大きく2つある。一つは、デザイン思考の導入に際しては、単なる掛け声だけでなく、実際に新たな経営資源の投入や資源配分の変更などが必要になるからである。活動拠点の整備や新しい人材の雇用などの投資が必要になったり、様々な制度の変更などが求められたりする場合が多い[注1]。そのため、上位層のコミットメントが必須となる。そして、もう一つの理由は、前回も述べたように、新しく生まれた非主流派の組織文化は壊れやすいからである。既存の組織文化から激しい抵抗にあったり、主流派の組織文化によって排除されたりする場合が多い。上位層からの一貫したサポートがなければ、非主流派の組織文化を維持することは難しい。Dunne(2018)は、そのようなサポートのことを「エアカバー(air cover)」と呼んでいる。

  なお、Dunne(2018)が取り上げた事例はいずれも、デザイン思考が持つ2つの特徴のうち、主に顧客志向に関連するものばかりであったが、もう一方の実験志向を浸透させる場合であっても同じことがいえる。Thomke(2020)は、実験志向もそれほど簡単には企業内に浸透しないことや、浸透させる場合には、やはり組織階層の上位者による関与が必要になることなどを明らかにしている[注2]

 例えば、IBMでは、試験のスペシャリストの少なさが実験のキャパシティを制約していた。そのため、まずは人材を雇用・育成して、スペシャリストの数を増やす必要があった。また、実験にかかる費用を本社負担に切り替えたことで、実験の件数が急激に伸びた。さらに、そこでの上位層の役割は、若手スタッフが容易に実験できるような雰囲気を醸成することであった。そのため、予算が厳しいときでも、実験を奨励し続けた。このように、実験志向を組織内に浸透させる場合にも、投資や予算の付け替えなどが必要であり、上位層のコミットメントが重要になるだけでなく、実験の奨励などの精神的なサポートも必要になる。


2.継続期間
 一方、後者の「継続期間」に関しては、Dunne(2018)が取り上げた4つの事例のうち3つの事例において、10年以上の継続が見られた(ATOのみ、詳細な時系列が記載されていなかったため計測不能)。具体的に、P&Gでは15年以上(ラフリーCEOが着任した2000年から、同CEOが再退任した2015年迄で計算)の継続が見られた。また、マインドラボでは少なくとも13年以上(マインドラボがスタートした2002年から、本文に記載がある2015年迄で計算)の継続が見られた。さらに、メイヨー・クリニックでは少なくとも15年以上(CFIの前身であるSPARCが立ち上がった2002年から、本文に記載がある2017年迄で計算)の継続が見られた。

 逆に、マインドラボのメンバーの話では、少なくとも4年程度で組織文化を変革するのは不可能とされている。その理由については特に触れられていないが、仮にEklund, Aguiar and Amacker(2021)がいうように、デザイン思考の浸透にはデザイナーとの協働が不可欠だとすると、彼らとの協働を一通り経験するには少なくとも5年程度は必要とされているため(村田,2015)、そのような観点からも4年程度では難しいのかもしれない。

 しかし、そのように定着までに10年以上かかるとすれば[注3]、日本企業に多く見られるサラリーマン社長では組織文化の変革は難しいかもしれない[注4]。『東洋経済オンライン』によると、全上場企業の社長平均在任期間は約7.1年で、4年未満がその半数を占めていた[注5]。このような状況では、社長就任後すぐに組織文化の変革に着手したとしても、成果(新しい組織文化の定着)を見届けることなく退任するケースが多発してしまう。そして、退任によってリーダーシップに変化が生じれば、せっかく根付き始めた新しい組織文化も後退してしまうかもしれない。実際、P&Gでは、推進役のトリップ氏が2012年に退任すると、リーダーシップに変化が生じ、デザイン思考教育や組織文化の変革は一時的に後退してしまった。それが復活するのは、2013年にラフリー氏がCEOに再任されてからである。

 このような弊害を防ぐための一つの案としては、特定の「人」や「役職」にではなく、評議会や委員会などの「組織」にサポーターの役割を任せる方法がある。実際、マインドラボでは、活動を継続させるために、様々な面で責任をとることができる取締役会のようなイノベーション評議会を立ち上げている。構成員は3人の事務次官とイノベーションの外部専門家であり、理事会方式によって運営されている。同様にメイヨー・クリニックでも、実行途中に困難に直面した時にプログラムを導くことができるアドバイザリーボードを設置している。このような仕掛けを用意することで、リーダーシップの変化によって引き起こされる影響をある程度まで抑え込むことができるかもしれない。


 [注1] Dunne(2018)の事例には含まれていないが、企業によってはP&Gのような人材の再教育ではなく、デザイン事務所などの買収を通じて一気に人材構成を変え、組織文化を変えていこうとする動きもある。例えば、IBMでは、IBM Designのフィル・ギルバート(Gilbert, P.)氏の指揮の下、デザイン事務所の積極的な買収を通じて、3年で1,000人以上ものデザイナーを雇い入れ、トータルで1,600名程度になっている(『Biz/Zineセミナーレポート』「IBMは組織に「デザイン」をどのようにインストールしたのか――IBMデザイン思考の3原則」)。

[注2] 同じようなことは、Amazonの同書の評価欄(日本版)を見ても窺える。そこには「本の内容は理解できるし、やってみたいが、日本企業ではそれに取り組む機会がない」とする嘆き節が多く書き込まれている。そのため、Google Venturesの『デザインスプリント』などでは短時間で実験を行う為の手法が提案されている(Banfield, Lombardo and Wax,2015)。ただし、これはコンサルタント業務を拡大するための「うたい文句」のようなもので、根本的な問題解決にはなっていない。本来は、お手軽な方法を提示するのではなく、それが実行可能なように組織改革を推し進めるべきなのである。もちろん、それを改革の足掛かりにするというのであれば「あり」かもしれないが。

[注3] Dunne(2018)の取り上げた4つの事例は成功事例ではあるものの、いずれも道半ばという状況であるため、10年継続すれば組織文化を完全に変えられるというわけではない。少なく見積もっても10年以上はかかる(10年以下では難しい)という意味で理解して欲しい。

[注4]Dunne(2018)には日本企業のケースは含まれていなかったが、時間がかかるのはおそらく同じである。例えば、JR東日本では、デザイン思考を取り入れる準備段階(IDEO tokyoとのワークショップ)から、実際のアプリ開発を経て一通り実践的な経験をするのに、2年半程度(2016年12月~2019年4月)を要している。さらに、そのアプリの成功を以てようやく、研究所の職員に向けたデザイン思考教育や人材育成が始まっており、組織文化変革までの道のりは長いといえる(『EnterpriseZine』「JR東日本 松本氏に聞く:デザイン思考とリーンスタートアップによるJR東日本アプリの作り方」)。

[注5] 『東洋経済オンライン』「上場会社 在任期間の長い経営者ランキング」。

 

●参考文献
Banfield, R., C. T. Lombardo and T. Wax (2015), Design Sprint: A Practical
 Guidebook for Building Great Digital Product. O’Reilly Media, Inc. (安藤幸
 央・佐藤伸哉監訳 牧野聡訳『デザインスプリント:プロダクトを成功に
 導く短期集中実践ガイド』オライリー・ジャパン、2016)
Dunne, D.(2018), Design Thinking at Work :How Innovative Organizations Are
 Embracing Design. Rotman-UTP Publishing. (菊地一夫・成田景堯・木下
 剛・町田一兵・庄司真人・酒井理訳『デザイン思考の実践:イノベーショ
 ンのトリガー それを阻む3つの緊張感』同友館、2018)
Eklund, A.R., U.N. Aguiar. and A. Amacker. (2021), “Design thinking as
 sensemaking—Developing a pragmatist theory of practice to (re)introduce
 sensibility.” Journal of Product Innovation Management, Vol. 39, No.1. pp.
 1-20.
村田智明(2015)『行為のデザイン』CCCメディアハウス。
Thomke, S.(2020),Experimentation Works: The Surprising Power of Business  
 Experiments. Harvard Business Review Press. (野村マネジメント・スクール
 監訳『ビジネス実験の驚くべき威力』日本経済新聞社、2021 )

●参考Webページ
『Biz/Zineセミナーレポート』「IBMは組織に「デザイン」をどのようにイン 
 ストールしたのか――IBMデザイン思考の3原則」 
 (https://bizzine.jp/article/detail/2209) 2022年1月14日閲覧。
『EnterpriseZine』「JR東日本 松本氏に聞く:デザイン思考とリーンスター  
 トアップによるJR東日本アプリの作り方」
 (https://enterprisezine.jp/article/detail/15603) 2022年2月25日閲覧。
『東洋経済オンライン』「上場会社 在任期間の長い経営者ランキング」
 (https://toyokeizai.net/ articles/-/12186) 2022年1月14日閲覧。


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