見出し画像

システムズ・モデル

 本編⑯のところで見たように、横地(2020)では、小さな創作行為(mini-creativity)の積み重ねが、徐々にアーティストの見る目を養い、その後の創作活動の屋台骨となるような創作ビジョンの形成へとつながるとされている。このような小さな行為の積み重ねが、やがて大きな成果へとつながるという発想は、漸進的なイノベーションの積み重ねが、急進的なイノベーションにつながるとする経営学の一部の主張とも一致する(Thomke,2020;佐々木,2020;岩尾,2019)。

 ただ、そのような積み重ねが大事ということになると、今度は創造的な活動を支える動機づけをどうやって継続させるかかが重要なテーマになる[注1]。もちろん、それには、個人の特性(ex.個人にもともと備わっている忍耐力の強さ)や生活習慣の工夫(ex.気分転換を行う方法の確立や、規則正しい生活を送る)など[注2]、個人単位で対応可能な部分もあるだろうが、個人任せでは難しい部分(あるいは、周囲がサポートすることでより大きな成果をもたらせる部分)もあるかもしれない。

  この点につき、 Csikszentmihalyi(1988)は、創造性に関する「システムズ・モデル(systems model)」を提唱している。このシステムズ・モデルは、以下のような簡単な式で表すことができる。

         創造性=個人×ドメイン×フィールド

 これは、創造性とは、個人の中だけに閉じ込められているものではなく、広く社会や文化(要はシステム)に偏在する知識などの影響を受けており、また当該領域に関わる人々によって支えられていることを意味している(横地,2020)。つまり、このモデルは、創造性の背後には、社会や文化が関係していること(逆にいうと、そこまで視野を広げないと創造性は説明がつかないということ)を示唆しているのである[注3]

 このように、システムズ・モデルでは、創造性の発現を重層的に捉えることの重要性を指摘しているが、これは、経営学の新制度派組織論に見られるマイクロ・ファンデーション(microfoundations)のような発想に近いのかもしれない。マイクロ・ファンデーション関連の文献では、組織活動は、その根底にある個人の特性や行動、その組織に特有のプロセスや手続き、システムおよび構造に関与するメンバー間の相互作用の観点から理解されるべきであると強調されている(Teece,2007)。つまり、それはミクロなレベルから分析をスタートさせ、やがてはマクロなレベルへと昇華させていく縦断的なアプローチなのである(Barney and Felin,2013)。

 具体的に、そこでは、①個人(individuals:個人のスキルや知識、性格、認知など)、②プロセスと相互作用(processes and interaction:組織メンバー間の統合、協力、協調に影響を与えるフォーマルなものとインフォーマルなもの、およびそれらを組み合わせたもの)、③構造(structure:誰が誰とどのように相互作用するかを規定する広義の構造)の3つの分析レベルが用意され、それらの間を行き来することが求められている。

 そして、そのような観点からは、創作活動の動機づけについて考える際にも、アーティスト個人の枠を越えて、社会や文化にまで視野を広げる必要があることが窺える。アーティストが創造的な生活を続けるには、家族や仲間、スタッフたちからのサポートが必要になる。心理学者と芸術家のカップルであるクラブトゥリー(Crabtree)夫妻は『Living with a Creative Mind』という本の中で、創作活動の継続には、理解者たちの集まるコミュニティや非権威主義的で寛容性のある文化が必要になると述べている。しかし、同時に、現状では残念ながら、そのような社会や文化のサポート力は、洋の東西を問わずあまり強くないとも述べている(Crabtree and Crabtree 2011)。その結果、多くのアーティストが、精神を病んで創作活動を中断してしまうのである。


 ちょうど、工場の改善活動が組織設計によって支えられているように(岩尾,2019)、アーティストの創作活動の継続も、周囲にいる人々やより広範なシステムによって支えられているかもしれない。そして、そのように視野を広げて考えてみることは、今後、企業にアート思考を導入する際のヒントになるかもしれない。アーティストの創作活動にとって個人の特性や習慣と同じくらい(あるいは、それ以上)に、彼らを取り巻く環境が大事ということになれば、「企業の中でアート思考を活用する際にも環境の整備が大事」ということになり、導入の際の環境作りに関心が払われるきかっけとなるからである。


 [注1] このようなやり抜く力は、近年、「GRIT(グリット)」などと呼ばれ(Duckworth,2016)、重宝されているが、Csikszentmihalyi (1988)のように、やり抜くための社会や文化の役割にまでは配慮が及んでいない。あくまで、「アンチIQ」のような議論に留まっている。

[注2] 実際に、適度に休み、規則正しい生活を送るアーティストの方が作家生命は長いというデータもある(Csikszentmihalyi,1996)。また、シュールリアリズムの巨匠であるルネ・マグリット(Magritte, R.)氏は、規則正しい生活を送ったことで知られているが、その結果、68年間の生涯で1,800点もの作品を制作した(『artscape』「ルネ・マグリット<ゴル・コンダ>」)。さらに、現代アーティストの松山智一氏は、規則正しい生活を送ることの重要性を強調している(『ちょっと美術館まで』「日曜美術館「クラスター2020 〜NY 美術家 松山智一の戦い〜」)。つまり、ステレオタイプの破天荒なアーティスト像からの脱却が創造的な活動を継続するための重要な基盤になるとしているのである。

[注3] 本編⑯のところで見たジェネプロア・モデルが、イメージ(発明先行形状)の生成過程という創造的認知の最小単位を扱っているのに対し、このシステムズ・モデルはそれとは正反対に、最大単位の創造性を扱っている。



●参考文献
Barney, J and T. Felin. (2013), “What are Microfoundations?” Academy of
 Management Perspectives, Vol.27, No.2, pp.138–55.
Crabtree, J. and J. Crabtree. (2011), Living with a Creative Mind. Zebra
 Collective.(斎藤あやこ訳『クリエイティブマインドの心理学:アーティス 
 トが創造的生活を続けるために』アルテスパブリッシング、 2011)
Csikszentmihalyi. M.(1988), “Society, Culture, and Person: A Systems View of 
    Creativity.” In R. J. Sternberg (Ed.), The nature of creativity:  Contemporary
    psychological perspectives (pp. 325–339).   Cambridge University Press.
Csikszentmihalyi, M.(1996), Creativity: Flow and the Psychology of Discovery
 and Invention. Harpercollins.( 浅川希洋志・須藤佑二・石村郁夫訳『クリエ
 イティヴィティ:フロー体験と創造性の心理学』世界思想社、2016)
Duckworth, A.(2016), GRIT: The Power of Passion and Perseverance. Scribner.
   (神崎朗子訳『やり抜く力GRIT(グリット)』ダイヤモンド社、2016)
岩尾俊兵(2019)『イノベーションを生む改善:自動車工場の改善活動と全社 
 組の織設計』有斐閣。
佐々木康裕(2020)『感性思考』ソフトバンク・クリエイティブ。
Teece, D. J. (2007), “Explicating Dynamic Capabilities: The Nature and  
    Microfoundations of (Sustainable) Enterprise Performance.” Strategic      
    Management Journal, Vol. 28, No. 13, pp. 1319–50.
Thomke, S.(2020), Experimentation Works: The Surprising Power of Business   Experiments. Harvard Business Review Press. (野村マネジメント・スクール
 監訳『ビジネス実験の驚くべき威力』日本経済新聞社、2021 )
横地早和子(2020)『創造するエキスパートたち:アーティストと創作ビジョ
 ン』共立出版。

 ●参考Webページ
『アートをめぐるおもち』「イメージの魔術師マグリットを超解説!美男美 
 女の夫婦だった?」(https://omochi-art.com/wp/rene-magritte/) 2022年2 
 月14日閲覧。
『artscape』「ルネ・マグリット<ゴル・コンダ>」
 (https://artscape.jp/study/art-achive/10171889_1982.html) 2022年2月14日
 閲覧。
『ちょっと美術館まで』「日曜美術館「クラスター2020 〜NY 美術家 松山 
 智一の戦い〜」(2021.2.21)」
 (https://go-to-museums.com/sunart210221-1379) 2022年2月14日閲覧。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?